12 指輪

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12 指輪

 冷静でいろと頬をひっぱたいたのはいつどこの誰だったろうか。おそらく僕の辞書に冷静がないのだ。だから全く響かなかった。そうに違いない。  銀色の角ばった指輪には黒いオニキスがついている。本当は内側に石のある、そっと目立たないものにしようかと思ったのだけど、良いのが見つからなかった。そして彼のサイズも当然知らない。だから僕は一般的な――僕のサイズを選んだ。返されたら自分のものにしたらいいという言い訳で。 「そういうつもりじゃないんだ。あの、なんていうんだろう。これは置物で」  半個室のような作りは同じだが、前回の店は和風で、今回はまた違った店だった。これはどこの文化だろう。金色の装飾金具と青緑色のアクセントが印象的な店内。壁や椅子の背もたれ、ドアにある木の細工が美しい。うっかり何かひっかけて壊してしまいそうな不安もある。僕は当然初めてだけれど、彼も初めて来たと言っていた。 「確かにおれにはちょっと……小さめですね」  指輪を手にしたバロウはその左手指に一つずつ当てていく。しいて言うなら小指にはどうにか、というところだ。でも抜けなくなりそう。 「その黒いのオニキスなんです。厄除けだとか魔避けの効果があるって言われてる。プレゼント……というかお詫びというか、身に着けてなくてもちょっとしたお守りの効果があるようなないような感じで、だから家のゴミ箱の下にでも置いといてもらえたら」 「おにきす。すみません、こういうの詳しくなくて」 「あの……うん。そんな御大層なものじゃなくて」  安くはない。銀と金どちらがいいかと思った時に、彼の目が浮かんだ。薄茶色の瞳は日が当たったら金色に輝きはしないだろうか。そんなことを思って、思ったから、金だとあまりにもそれっぽい(・・・・・)んじゃないかと思い、あえて銀色にした。そっちの方がデザインとして多かったし、ちょっとした重くないプレゼントとしてはいいはずだ。 「置物だから。でも、あー、効果がないかもしれないから、そしたら捨てて」  何かあげたいと思うなら消えものにすべきだろう。今更、ほんとに今更。だから好みじゃないかもしれないって散々自分も考えていたのに。 「ソーマさん。おれ、ソーマさんに思ったよりも好かれてますか?」  テーブルの上、彼は左手に指輪を乗せ、右手でそっと円を撫でる。 「……うん」  好きになりますって言われて、勝手に舞い上がって勝手に好きになった。そんなの情けないけれど、否定はしない。 「じゃあ大事に置いときます。おれいつも仕事着に着替えるんです。その時に無くしても嫌だから、家に置いときますね」  彼は持ち歩かない理由まで作ってくれた。彼の家でそれが捨てられようと分からないのに、大事に置かれている可能性を作ってくれる。好みも把握せず押し付けたものなのに、そんな情けをかけないで欲しい。彼の手の中で優しく撫でられる指輪が、ただただ羨ましかった。  ポケットにしまわれる指輪を見送って、その後は食事をしながらぼんやりと彼を見ていた。  いつも耳がピンと立ってこちらを向いているのは、彼が僕の話をきちんと聞こうとしてくれているからだろう。獣人は耳がいいから、人の多いところではきっと疲れてしまうだろうに。でも彼は若いのに仕事もしていて、精神的にも僕よりよほどしっかりしていて、子ども扱いするような相手ではない。きっと嫌なら嫌だって言ってくれる。――そんな風に期待をする。  三十にもなるやつが、十も年下の子に何を押し付けているんだろう。でも、諸々の経験値は確実に僕の方が足りていない。だからだ。そのせいだ。 「好きになっちゃいました」  零れ落ちた言葉。  彼は耳をぴくりと震わせ、大きな目を真っすぐにぶつけてきた。ゆっくりとスプーンを置く。 「じゃあ、”本交際”に進んでいいですよね?」  結婚相談所での流れ。顔合わせをして、数度会って、本交際に進むかもう会わないかを決める。だらだらしていたって未来が決まることはなく、気が合う相手とはすぐに進むということだ。  僕はそれが信じられなかった。三度会っただけでお付き合いしましょう結婚に向かいましょうなんて、無理だろうと思っていた。深く相手を知らなければ好きになれないだろうって、思っていたんだけどなぁ。 「よ、よろしくお願いします……」 「よろしくお願いします」 「あ、でも、今僕婚活休止してるんです。それなのにバロウさんと会ってたって問題ないかな……」 「問題あったとしてもこうなったんだから仕方ないですね」  それはそう。見事なまでにきっぱり、さっぱり、はっきりと断言されたから笑えた。アドバイザーのアネルには事実をそのまま伝えるしかない。結婚相談所に行かなければバロウとは会わなかったんだから、とても役に立ったのだ。それもちゃんと、伝えなければ。
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