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16 可能性*【終】
耳に触れると、バロウは目を細めてくすぐったそうに受け入れた。毛並みに沿って耳の付け根から先へと撫でる。左手で髪に触れるが、毛質が違うような同じような気がする。毛の長さが違うから感覚も違うのかな、なんて考えてみる。僕と同じところに耳はない。それを確かめるように擦る。指を通るのは髪の毛だけ。無い耳は、彼に痛いもくすぐったいも与えないようだ。そのまま手を口元へと移動させると、ゆっくりと口を開いてくれた。さっき見せてくれた歯をまたじっくりと見る。これは人間と犬の間位かな。同じものを食べているから、肉を食いちぎるのに特化しているわけでもないだろう。キスをした唇はひび割れたりすることもなく柔らかい。ただクリームを塗りたくられたわけでもなく、しわが入っている。
抱えていた頭が近づいてくる。見ていた唇が見えなくなる。明るい太陽が瞼の向こうに降りていく。
「ん……」
大きな手が、同じように僕の頭を撫でる。髪に指を通し、耳に触れ、耳たぶの柔らかさを弄び、顎の骨をなぞるように皮膚を辿る。
恋人との二回目のキスは、体に熱を持たせる。歯が当たるわけでもないのに彼は僕を食べていく。上唇を、下唇を、角度を変えてもう一度。
されるがまま力が抜けて、離れないよう彼の首に掴まった。ソファは僕と力を込めた彼の腕の重さで沈む。温かな手が僕の肩から降りていく。シャツの上から胸を撫でられ、反射的に背中が浮いた。他人に触られることの無い体が神経を過敏にしている。
「触っても?」
「うん」
下半身がじくじくと反応を始めている。手のひらから伝わる熱も上がっている。
三回目のキスでは、口を閉じる前に彼を迎え入れた。彼は自分との違いを確かめるみたいに僕の歯を舌でなぞり上げ、口内深く長さを測るみたいに舌の根元に絡めてきた。上あごを舐められるのがくすぐったくて身じろぐ。
捲られたシャツの下から手が入ってくる。大きな手が、その指先が、小さな乳首をくりくりと捏ね上げた。キスされたまま僕は情けない音を鼻から漏らす。慣れているんだろう手が僕のお尻から簡単に下着ごとズボンをはぎ取った。慣れていない僕は空気に晒されたそれを守るため足を持ち上げ膝を閉じる。
「恥ず……」
「触らせて」
耳元で囁かれたそれがあまりにも色っぽくて、自分の顔が一瞬にして真っ赤になるのが分かった。頬も耳も首も、何だったら全身足の先まで赤くなっているかもしれない。彼にどうにかすがっている指先だって、巡りすぎた血で赤く腫れあがっていそうだ。
優しく膝を開かれて、ためらいながら従った。どこを見たらいいのかわからず正面の彼を見ると、ほほえみとキスが返ってくる。唇から伝わるのは欲だけではない。不思議なもので、キスをしていると怖くなくなる。
「あっ――」
彼の大きな手は、僕の粗末なものをすっかり包み込めてしまった。いつも自分でするのよりも広い範囲で強く擦られて、気持ちよさに足が開く。落ちないように必死で左足と左手をソファに押し付ける。彼は下着姿になると僕の右足を抱え、隣に浅く腰かけた。おかげで僕の体は大きく開かれ晒されている。恥ずかしいけれど、刺激を受ける度に腰が動いた。
「あっ、んっ、気持ちいい」
彼の足の上から僕の足が滑り落ちそうなのを、ぐいっと曲げて支えられた。その力で左に傾き倒れるのを、慌てたように手が伸びてきて支えられる。突然離された僕のものは情けなく立ち上がったまま。笑えてしまう。
「ベッドに行けばよかったですね。二階にあるんです。今すぐ触りたいって我慢できなかった」
そう言いながら彼は僕を起こし、足の上に抱えてソファに座った。お尻に感じる彼のものは質量があって、つい、すりすりと擦り付ける。
「ソーマさんそれは……」
怒るような呆れるような、堪えた声。こんな僕にも本当に彼は反応してくれているのだと実感する。うまくできるだろうか。動画を見て脳内でシミュレーションをして、自分でいじっていたのは何年も前のこと。もう諦めていたから、最近はしてもらう想定で自分を慰めることはしていなかった。
「今日するなんてことしませんよ。そんな無理させるわけないです」
宣言されて、残念な気分。でもしてほしいとねだることはしない。彼は体目当ての人ばかりで嫌になったと言っていなかったか。嫌とは言っていないかもしれないけれど、あまりいい反応ではなかったはずだ。僕のお尻を押し上げるそれは確かに、見なくても手で触れなくても大きいのが分かる。恋人になったばかりの僕がそれを欲しいっていうのは、今までの人たちと同じになってしまうだろう。
そんな考えを分かっているのかいないのか、再び足は大きく開かれた。背を彼に託し、腹に回された腕に落ち着く。顔の横で耳が動く。僕の細い吐息さえ、この耳は捕捉しているだろう。
「恥ずかしいから、あまり見ないで」
「見てないですよ。触ってるだけです」
首筋を唇で噛むようにキスされて、つい小さく声を零した。僕のペニスを彼の右手が包む。優しく握られて上下に動かされる。自分でするのとは違う予測できない動きと、強い刺激。
「あっ、んんっ」
先端から先走りが漏れて彼の手を汚す。その液を彼が指に絡ませるせいで、湿った音がずっとしている。くちゅくちゅと恥ずかしい音が耳を犯す。上下に擦られながら人差し指で先をいじられる。そのたびに腰が揺れた。
住宅街の外を通る車は少なく、音楽一つかかっていない部屋に卑猥な音と喘ぎだけが響く。あり得ない。夢見たことが現実にこんなに気持ちよく現れるなんて信じられない。
「気持ちいい……あ、あ――」
「いい声。おれに教えてください。どんな風にされたいとか、どこがいいとか。全力を尽くします」
自分の手を重ねると、彼は僕の後ろ髪に顔を擦り付け、それからぐいと腰を突き上げてきた。
「んんっ」
――してほしい。でも言わない。
彼の右手が僕の足の付け根へと降りていく。置き去りにされたペニス越し、僕はその手の行く末を見守る。そのまま下っていく指先が、お尻の穴を撫でた。入ってきてほしいと穴がひくひく反応する。期待してこれ以上ないほど足が開いた。
でも彼は本当に、本当に、ほんの少しだけ穴の周りを撫でてから手を引いてしまう。
「やっぱり今日は」
そう言って僕を抱きしめ直すと、彼の指は再び僕のものに絡みつき上下に扱く。期待していたものは来なかったけれど、全て包み込まれ扱かれるのは気持ちがいい。
「あっ、ぁあっ」
彼の手の中で僕はもうはちきれそうになっている。お尻に感じる彼のものだって、しっかり大きくなっているのが分かる。
してほしい。けどやっぱり言わない。
「バロウさん、もう……あっ」
返事は耳にキスで返ってきた。彼の左手が僕の胸をいじる。ペニスを擦られ、乳首をつままれ、耳たぶを噛まれる。
「イキそう?」
頷くと、一気に扱く手が速くなった。
「あっ、んっ――んんっ」
その手が僕の先端を覆うと途端に彼の手は白く汚れていく。それを見ながら肩で息を吐いた。力の無くなった体は落ちないように支えられているから、甘えて体を預ける。頭がぼーっとして、心地良い疲労感があった。
彼の左手が肌を撫でる。温かな手が優しく、太ももを、腹を撫でる。
「服は汚れてません。安心してください」
「うん」
シャツが腹を隠す。服を汚すことなんて頭の中に無かった。触られて気持ちが良くて、それだけしか頭になかった。
「手を洗ってきますね」
「ごめんなさい」
「抱きしめたいから、洗ってきますね。気持ちよくなってくれたなら良かったです」
バロウは僕を降ろすと、軽くキスをして洗面所へと向かった。僕はこの下半身丸出しのどうしようもない格好を隠そうと急いで服を着る。きっと今、呆けただらしない顔をしているだろう。ぺしぺしと叩いた。貰っていた水を口にして、ソファに沈む。
戻ってくる彼の引き締まったお尻と足をつい見てしまった。尻尾は存在していない。もしあったなら、どんな風に揺れていたのだろう。
「バロウさんのは、あの、僕が触っても?」
「触ってもらうのは嬉しいですけど、今日は大丈夫です。そんなことされたら、襲っちゃうので」
そんなことを言われて、うまく返せなかった。彼にはいくらかの経験があり、僕にはない。
彼は体目当ての人ばかりだったと嘆くけれど、そうでもなかったのではないだろうか。こんなに優しく嬉しい言葉をかけて、気持ちよくしてくれる人なのだ。獣人だからと恐れる人もいるが、もちろん、恐れなかった人もいるだろう。そんなものを組み合わせていけば、きっとそこにはただ純粋な好意があってもよかったはず。
でも、おかげで彼は今僕を恋人にしてくれている。結婚相談所なんてきっと要らなかっただろう彼は、必要だった僕と出会った。
隙間なく隣同士に座って、太ももが触れ、腕を絡めた。この太い腕は僕のもの。
「バロウさんと会えてよかった」
「おれもそう思います」
にこっとした笑顔が可愛らしい。可愛いから、愛おしいから、僕も笑った。
上がった体温が戻るまで、ずっと腕を掴んでいようか。
「バロウさん」
ピンと立った耳は、僕の言葉を聞くために真っすぐこちらを向いている。
[end]
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