三年後*

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三年後*

 『洪水で橋が壊れた。だから仮設工事に行く』と場所を教えられ、見送ったのは三か月前のこと。もう付き合って三年は経ったけれど、こんなに長い期間バロウがいなくなってしまうことはなかった。担当地区ではないところの、あくまでも手伝いだから長引くことはそうないと思っていたが、一帯が洪水被害にあっていると考えれば期間延長も仕方はない。  大規模な橋ではないが車を通すための工事だという。迂回路はあるが、そこの橋がないと向こうの住人が困ってしまうと聞いている。どこにあるのかどんなところなのか、僕が行くわけでもないのに地図を確認もした。その身になってみれば少し出張期間が長いくらい文句は言えない。そこの人たちは喜んでくれるだろうし、きっとバロウだってやりがいを感じるはず。時折電話で声を聞かせてくれて、怪我をしていないことも分かっている。  問題は、離れた三か月で気付かなくていいことに気付いてしまったということだけだ。  三か月の間部屋を掃除し、車を洗い、すべての洗濯を済ませた。一緒に住むまでに約一年ほどかけて探した家は、獣人が少なからずいる地区にある。条件は色々とあるけれど、まず一番にそれを考えた。獣人と人間の、しかも同性のカップルともなれば少ないもので、せめて獣人が珍しくないところが望ましいと考えた。買い物に行くにしたってどこかの店を利用するにしたって、獣人が好奇の目に晒されないのがいい。そうして僕らはどうにか、条件に合う、裏庭のある二階建ての家を借りることに成功した。  一緒に暮らし始めてから、初めて家に行った時の匂いの元を知った。彼は生花を買わず、花っぽい匂いは消臭芳香剤だった。抱き着かなければわからない匂いなのに、彼は自分の体臭を気にしている。というか、獣人自体がそれを気にしていると言っていいだろう。臭いが強い食事も避ける傾向がある。歯が尖らないように固いものを積極的に食べる文化もあるらしい。どれもこれも気にしなくていいようなものを、彼らは気にしている。獣人(彼ら)の耳は人間(僕ら)よりも良く、鼻も然り。手先は器用ではないが感覚は鋭い。だから自分たちで気にしてしまっているのかもしれない。  彼を待ちながらも日常は滞りなく進んでいた。ただいまもおかえりも言ってくれる人はいないけれど、メッセージを送れば時間差で返信がある。付き合っていた頃みたいだなと思う。だから付き合っていた頃みたいに、僕は一人でした(・・)んだ。――でもできなかった。  予定ではようやく明日、というか今日帰ってくるという。朝になるか昼になるかは分からないが、起きて待っていても仕方がないので寝ることにした。  目覚めたのは気配を感じてか、それとも直接触れられたからかは分からない。ぼんやりとした頭で隣の熱にすり寄った。 「バロウ」 「ただいま」  起きたのに気が付いて、腕がのっそりと伸びてくる。僕の頭を持ち上げその下に腕を通し、体をずらす。 「おかえり。あのねぇ、困ったことがあるよ」  吐いた息が彼にかかるほど近く、まだ眠い頭から言いたいことを引っ張り出した。無言で伸ばした手は理解され、わざと力を込めるように抱きしめられた。 「バロウに触ってもらわないと、いけなくなったみたいだ」  その発言に疑問符を浮かべ、少しの間をおいてから、バロウの手が僕の足の間を撫で上げた。 「一人でしてた?」 「しようと思ったら出来なかった、から気付いた。バロウの手は大きいから、僕のをしっかり握れるでしょう。それに力だって強いし。そうしてもらってたから、自分で触っても足りなくて」  触れば気持ちいいし、長い付き合いなんだから自分のことは分かっているのに、至らなかった。 「おれがすればいいから問題ない」 「そうだけど、いなかったから」 「遅くなってごめん」 「別にバロウのせいじゃないし、仕方ないよ」 「会いたかった」  同じ気持ち。そこそこ長く一緒にいるけれど、彼は変わらず言葉と態度に示してくれる。  寝起きで頭がまだ死んでいるのに触られれば体は反応して、開かれる。着ていたパジャマは素早く脱がされ、布団の中で丸まった。 「後ろでは試した?」 「あー、してない。後ろいじったら一人でいけるかな」 「しなくていい。それもおれがいないとダメにしないと」  それは困っちゃうなぁ。  話しながら準備万端なバロウに布団もはがれ、最近冷えてきた空気に身を晒す。すぐに熱くなるからちょうどいい。ほら、抱き着けば暖かい。 「ほんと、バロウはあったかい」 「ソーマの中も温かいよ」  何か言っているぞと顔を見れば、薄茶色の目は陽を取り込んで黄金のように輝いていた。  足を折り曲げ持ち上げられて、すべてが光輝く目の前に晒される。僕の上に伏せた彼のペニスがこつこつとお尻の穴を刺激する。 「また慣らさないとダメだよな」 「綺麗にはしてるよ。帰ってくるって分かってるから」 「さっき一人でしてないって」 「オナニーのためにはしてないよ。バロウのために準備するのは、全然別」  何を思われたのか、食らいつくように激しいキスが降ってきた。あてがわれたそれが欲しいと穴が口を開けている。あわよくばそのまま入ってくれないかなって期待している。大好きが伝わってくるようなキスを貰って全身が目覚める。舌を吸われ、口の中に入ってきた厚い舌に蹂躙され、溺れるように息継ぎをする。 「挿れても?」  熱い吐息が僕の唇にかかり、間近に迫る目は僕を捕まえて離さない。 「うん」  穴がひくりと締まり、早く欲しいとせがむ。バロウは僕の膝裏を持ち上げて、先端を押し付けた。硬いそれは相変わらず大きすぎて簡単には入らない。いつもならじっくり時間をかけるけれど、会えてなくて寂しかったのは二人とも同じ。オニキスの戻ってきたサイドテーブルの引き出しは勢いよく開かれ、冷たいままのローションがバロウに纏わりつく。 「んっ」  バロウは自身をしっかりと手で握り狙いを定め、僕の中に捻じ込んだ。 「呼吸して」  一番太い部分まで入ると、また足を抱えなおし、僕の体が逃げていかないようにと固定された。折り畳まれた体。腕を伸ばして首に掴まる。ぐいぐいと奥へ押し進められるのが気持ちいい。この入ってくる感覚がたまらない。体は少し無理をしているのに、心はただ喜んでいる。  言われた通り呼吸を意識して、もっと深くまで入ってこれるように力を抜いた。 「気持ちいい。もっと、奥までして」 「うん。無理だったら言って」 「あ、あ――」  ぐっと強く奥まで突かれ、声が上がる。腰が反り、掴まっていられなくなって腕が落ちた。代わりにギュッとシーツを握る。  バロウは僕の足をしっかり抑え込み腰を密着させ、容赦なく動き出した。 「あっ、んんっ」  久しぶりの感覚に痛みはある。だけども体はもう、それだけではないことも知っている。  目を開けていられなくて閉じて、でも彼を見たくて瞼を上げる。薄い視界に親しんだ赤茶色の髪を見る。目が合えばキスをくれるのだ。開いた口に舌が割り込んでくるのを受け入れて、離れそうになればもっとと舌を突き出した。 「バロウ、好き」  喘ぎの合間にどんなに小さくかすれた声が出ようとも、彼の優秀な耳はそれを捉える。 「ソーマ、愛してる」  返事はいつも、僕の名前と共にある。  シーツの上で片手を繋ぎ、一層強く打ちつけられる。抱えられていない足がぶらぶらと揺れ動く。 「あっ、もっと」 「もっと?」  頷いて額を首筋にこすりつけた。汗と混ざった彼の匂いに興奮する。親しい匂い。離れていた時間が埋まる。 「気持ちいい?」  首を縦に振ったが、少しタイミングがずれて体が上下に大きく動き、口から甲高い鳴き声が漏れた。 「ああ――んんっ」  繋いだ手に力がこもる。バロウの口が開き、牙が覗く。 「可愛い」  耳元で囁かれる声。かかる息遣いを感じ、さらに興奮した。耳を食まれ、お返しに彼の耳を撫でる。力が入らない手はそのまま髪を伝う。張った肩を撫で、二の腕の筋肉を撫で掴む。 「あっあっ」  彼の動きに合わせて喘ぎが漏れる。その声が大きくなると彼も息を荒くし、動きが徐々に激しくなる。とっくに慣れたはずの質量が、僕の中で主張している。突き破るように奥をぐりぐりと荒らされて、反射で彼を締め付けた。 「ソーマ!」  余裕のない声が何度も僕の名を呼んだ。 「っ――」  声にもならない音が口の中で消え、一際強く中を抉られて、達した。握られた手は痛いほど力が込められ、僕も力を込めて握り返す。  僕が達して程なく、バロウは小さな唸りを上げた。少しの間の後、軽く腰を揺らされる。彼はいつもいつの間にかコンドームを装着しているものだから、中に出されたことはない。抜く前にちゅっと音を立てるようにキスされる。終わりの合図のようなものだ。  終わってしまえば物理的な喪失感がある。僕はそれを、片づけを終えた彼に抱き着くことで埋めている。汗ばんだ彼の肌にキスをして、素肌のまま抱き合う。 「汗かいたね」 「後で洗濯する」 「バロウは寝ていいよ」 「おれの方がソーマより元気だよ」  ふふ、と笑いが漏れると頭を撫でられた。 「じゃあ洗濯をして、その間に一緒にシャワーを浴びよう」 「そうだな」  バロウはまた僕の腰を引き寄せて、キスをする。熱を冷まそうというのに、こんなにくっついていてはどうにもならない。 「バロウ」  自分でも引くほど甘えた声が出た。思わず顔を背け、何でもないですよって振りをする。部屋の電気を付けずとも、レースのカーテン越しに部屋まですっかり明るくなっていた。 「何、ソーマ」  分かっていますよって声がする。なぁにって、子供に聞くように繰り返される。 「……おかえり」 「ただいま」  ごまかして言えば、笑いながら返された。  抱きしめてくれるその手は、口に出していない望み通り、再び僕の腰を撫でている。 [end]
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