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7 持ち越し
彼をペットのようなものだと認めれば、僕は彼の特別になるというのだろうか。分かるような分からないような気がして、黙ってしまう。
ただ特別になれると断言されたことだけが強く響いた。
大好きだと全身で表現してもらえたら、どうしようもなく嬉しいだろう。
「いいですね」
繰り返すように、曖昧な返事。
彼は”主人”を探しているのか? そういうわけでもないだろう。自分の問いに自分で否定はするが、彼の希望を思い出してみる。彼は生涯を仲良く過ごせる人を探しているのだ。その仲良くが主従関係なのかどうかまで、僕にわかるわけがない。そんな特殊な関係を望んでいるとは思わないけれど、特殊だからこそ金を払い探しに来たのかもしれない。聞くべきか? しかしさすがに「ご主人様をお探しですか」は失礼すぎるだろう。
「三回程度で決めるのって難しいですよね」
「え? あ、ああ。難しいですね。知り合ったばかりなのに」
「なので、友達になりませんか?」
「友達?」
彼には今まで何人のお見合い相手がいたのだろう。何人とこうして二回目を過ごし、三回目の相談をしたのだろう。
「ユウさんがコーヒーではなく紅茶を頼むということしかまだ知らないのに、次回からはお付き合いもしくはそれを前提としてって難しいと思って」
「それは本当に、そう思います」
「おれたちは、特にそうだと思うんです」
結婚相談所で出会ったものの、結婚制度がゴールに無い僕ら。
「だから、友達になってくれませんか。何ならそのまま、ただの相談相手としてでもいいので」
特に断る理由はなかった。
僕には相談相手になるような同性愛者の友達はいないし、獣人の友達もいなかった。
だけれど結婚相談所を介して知り合った僕らである。何回で正式なお付き合いに進むというのに明確な規約はないが、それでもゴールに結婚もしくはお付き合いというものが存在している。これだけは変わりなく、そして相談所に籍を置く以上、彼と勝手に繋がり友達になるのはいかがなものか。結婚相手を探していたけれど友人を見つけましたという話は通用するんだろうか。そしてその場合相談所へはどんな連絡をしたらよいのか。
そもそも、友達というのは恋愛対象外ですっていうことで、僕は振られたということにならないか? 友達という距離感ならやっていけるけど……っていう発展性の無さだ。だけども彼が言ったように、そして同意した通り、たかが数回の顔合わせで未来を確約するのは難しい。
「友達になった場合、どう……今までは相談所経由で連絡を取っていましたけど、それがなくなる? そして今まで通り、別に相手を探し続けることに変わりはないっていうことですかね」
「そうですね。相手探しをしたままで構わないですよ」
やはり振られている。だってそうだろう。彼の言ったのは、「あなたにお付き合いする相手ができたとしても自分は構わない」ってことだ。異性から見て魅力のない人間だと振られるのはこたえたものだが、同性から見てもやはりそれはそうなのだ。
結婚相談所での勝負は初めの一年、もっといえば三か月だと言われていた。新規として一番注目してもらえる時で、その時を過ぎたら新規を待つ側に回ってしまう。僕は嘘をついていたからもしかしたらもう少し猶予があるかもしれないけれど、獣人の彼と連絡を取っている間に他から声がかかったことはない。
「わかりました。友達になりましょう」
獣人の友達をもつのもいいだろう。探していたものとは違うが、一生の付き合いになるかもしれない。
彼は背もたれにあるジャケットから携帯端末を取り出し、僕に見せてくれた。向けられた画面を読み込み、メッセージを打ち込む。一瞬考えて、教えていなかった名前を出した。
「ソーマ・ユユ、さん」
「そうです」
天井で静かにファンが回っている。軽やかな音楽がそれに切られていく。テラスでは犬がくつろぎ眠るように伏せ、テーブルに置かれたアイスティーの氷はすっかり小さくなった。
なんてことのない場所で、彼は自分の端末を大きな手で包み込む。僕の名前を両目でしっかりと確認し、そして、僕の顔を確認した。薄茶色の綺麗な目だ。鮮やかな赤茶色の髪に比べて、澄んでいて穏やかな印象を受ける。
「ゆゆ、さん」
「”ユウ”でもいいですよ」
僕の名前は言いにくいのか、拙い発音。偽の名前を提案する。
「いえ、それは……ソーマさんとお呼びしても?」
「どうぞ」
「おれのこともバロウとお呼びください」
なんだかその言い方が、まるで新しく主人につく従者のようで笑ってしまった。彼にそんなつもりはないだろうに、先ほど勝手にそんなことを考えていたものだから、思ったよりも似合っていて笑えたのだ。
不思議そうな顔に謝り、笑いをそのまま笑みへと変換する。
「獣人の友達は初めてです。よろしく」
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