8 活動休止

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8 活動休止

 活動を休ませてもらいたい。婚活アドバイザーへとメッセージを送ると、電話がかかってきた。アドバイザーのアネルは心配そうな声で、何かありましたかと聞いてくれる。電話では見えなくとも、あの顔が、きっと大げさなまでに眉を下げ本当に心配してくれているのだろうとは伝わってきた。一度相談所へきて、顔を合わせて話さないかとも言われたが、それも断った。  バロウと恋人関係になるとは思わない。それとは関係なく、いや、関係はあるのか――お断りされることに疲れてしまった。  ここまで一人で生きてきた人間が突然、一生共に過ごせる相手を見つけたいなんて思うのが、おそらく間違っていた。間違っていたというのは言い方が悪いだろうか。同じように婚活をしている人たちは、きっと僕と同じであり違う。だから優しく、僕に優しく言うのであれば、難しかったのだ。  魔力がもっとあって活躍できる人間であればよかったと思うし、魔力があるのに中身がこのままなら、同じ結果もしくはもっと悲惨であったろうとも思う。魔力がない人間に便利な道具を発明している人たちはいて、僕だって持たざるものなりにその苦労をどうにかしようと頭が使えればいいのだろうけど、そんなこともない。そんなだから……と、あまり思い込むのも良くはない。これでも僕は生きてきた。その程度には図太いのだ。  婚活相手との顔合わせ、うまくいかなかったなと思いつつその日を終える。そしてお断りの連絡を受けた段階では「やっぱり」という思いが強い。ただ日が経ち次の人を紹介されると、「前の人はダメだった」という意識が強くなる。前の人はダメだった。その前の人もダメだった。それなら次も……。ダメが積み重なっていく。  僕は同性愛者だから女性に振られたところでなんてことはなかった、と言いたくもあるが、結婚に至るまでに必要なのは人間としての魅力だろうと思ってしまっている。それでもここまで生きてきたし、これからもその予定だ。ああ死にたいと思うことは誰しもあるように僕もあるけれど、それでも、こうして日々生活している。それは誇ってもいいだろうと思うが、その日常をこなしつつ相手がいる人が多いんだよなぁと考えてはいけないことも頭をよぎる。浮いたり沈んだりする心持ち。  ふとした時に同じことを考え、それには結論を出しただろうと自分に言い、だけどもやはり再び考える。相手がいることに執着しすぎでは? と馬鹿にするように脳内で反論したりもする。あの人はうまくやっている、なんて言っても、僕とどこの誰とも知らぬ仮定のあの人は違うのだ。他人と比べる意味もない。でも同じ人間なので、比べてしまう。それが仕方のないことだとも、三十歳にもなれば理解している。  ともかく、婚活は休止することにした。  悪くはなかったんじゃないかと思う。今失敗しておけば、歳をとってから婚活して、もっと若いころにやっておけばと年齢に言い訳することもないし。  もう10年婚活が遅かったとしても、アドバイザーのアネルならきっと、「今行動できたことが偉い」と言ってくれるだろう。いつだって行動しなければ出会いはないんだと。でもそうやって慰められたところで、確実に相手が見つかるわけではない。  そんな現実的な色々は理解しているのに、それでも僕は、『お互いに愛情をもって生活していける人』を探した。この期に及んでどうやら、恋する相手が欲しかったようだ。まったく非現実的。  他人事のようだが、一歩引いた振りでもしないと三十路にもなって恋に恋している恥ずかしさで焼かれそうだ。  そうして僕は日々を過ごした。週末の予定がないことに少しほっとする。  僕の休みは土日に決まっているわけではなく、相手に合わせていた。それは別に構わないのだけど、ただ、緊張する予定が毎度週末にあるとだんだん嫌になってくる。今週は予定がなかったよな? と起きてすぐ慌て確認する時もあった。遅刻なんかとんでもない。週末お見合いの人たちが多く、よく使われるホテルのラウンジではみんなが薄っすらと周りを気にしている。そこで遅刻なんかしたらさらに衆目を集めることになっていただろう。そんなのはあくまでも予想だけど、どれもこれも緊張と不安を掻き立てることだ。  獣人の彼は人目を引く存在だ。だからその隣にいる僕も自然と視界の範囲内に収まるだろう。ただ、失礼ながら獣人に対し悪い意味で特別意識を持っていたものだから、彼に会うことに緊張はしなかった。お見合いだというのに好かれようと思っていなかった。  けれど彼は、僕のそんな態度に気付いていなかったのか気にしないのか無視したのかわからないが彼は、友達になるという提案をしてきたのだ。  そんな彼と直接連絡先を交換したあの日から二か月ほど経った頃、ご飯の誘いが来た。
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