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「本当に良いの?」
「もちろんだよ、だって――」
「もう本当に帰れなくなるよ」
美琴は食べかけのスイカを、お盆の皿に乗せた。
「え、うん。良いよ、だって帰ったって……」
私が帰る場所なんてない。
そう言おうとしたが、美琴の眼差しが私の意志を揺るがす。
浮かれた心を捕らえるように、まっすぐ見つめられて。私の視線は動揺して宙を彷徨う。
「ここにいると決めたら、もう永遠に出られない。あなたが苦しい今の場所は永遠に続くの?」
縁側に両手を付いて、私に顔を近づける。銀色の髪が、さらりと胸元に垂れた。
満月のような金色の瞳は、私の心の奥を見ているのかもしれない。
本心を探るように。
「あなたがいなくなっても、誰も心配しない?あなたの中に、こうしておけば上手くいくかも、乗り越えられるかもって、後悔の種はひとつもない?」
目の前まで迫ってた美琴が、ゆっくり身体を引いた。
「それでもいたいなら。私は嬉しいけれど」
「嬉しいの?」
美琴はその問いには答えなかった。
暫く考えていた。本当に帰らなくて良いのか――。
朱い彼岸花が、そよ風に微かに揺れる。
黄昏に染まる庭に、沈黙が続いた。ヒグラシの声と、夕日の色。
ただそれだけの時間がどれくらい続いただろう。
時間は過ぎているはずなのに、目に映る景色は変わっていない事に気付いた頃には、私のお腹が小さな声で鳴いた。
「帰ろう、かな」
「そう」
細い指で玄関の方を指した。
「来た道を戻れば帰れる」
「あの商店街に行けば良いの?」
「うん。あとは、勝手に戻れるから」
「あ、ねえ。美琴ちゃんは、どうしてここにいるの?」
居間を出て振り返った。美琴は縁側に座ったまま、ぼんやりと空を眺めていた。
「また会えるかな」
その問いにも答えてはくれなかった。
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