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銀髪の魔女は黄昏に沈む
人は、時に一人になりたいときがある。
そんな時、まるで現実から隔離されたような、静謐な空間が目の前に現れたとすれば、つい足を止めてそこに腰を下ろしたくなるものではないだろうか。
私もそうだから。
ここへどうやって来たのかも、はっきり覚えていない。
ただひたすら逃げるように走り抜け、息も絶え絶え。
いっそこのまま、息すら止まってしまっても良いと思った。
俯きながら、目を瞑りながら走る私の目の前に――。悲しいくらいに静かで、恐ろしいくらいに美しい、静まり返った商店街が現れたのだ。
カナカナカナ……
立ち並ぶ店の間から見える空を、つい、つい、と飛ぶ赤とんぼに「ああ、夏も終わるな」なんて独り言ちる。
黄昏に染まる朽ちた商店街。赤茶に錆びた看板に、開いたままのシャッター。
一番近くの総菜屋を覗くも、中は明かりひとつ点いていない無人だ。
人の気配はしないというのに、生活の気配だけはする。
ショーケースにはコロッケや切り干し大根の煮物、肉じゃがや卵焼きなんかが並んだまま。
住居スペースと思われる部屋へ続くガラス戸は半分開いたままで、時代めいたちゃぶ台や褪せた紺色の座布団。
緑の羽の扇風機は、油やほこりが溜まっているのか、薄茶けているように見える。
それはまるで、少し前までありふれた日常が広がっていた世界から、人だけが消えて無くなってしまったようだった。
少し不気味な光景に、両腕の肌がぞわりと粟立つ。
ひぐらしの哀愁漂う声だけが、黄金色のベールのようにこの空間を包んでいた。
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