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キーメイカー
私は希望専門のキーメイカー。これまでたくさんの依頼を受けて、様々な希望の扉を開けてきた。心の扉には様々な鍵穴がある。大きさも様々だ。鍵穴の深さも様々。そしてこれまで作成した鍵は大事に保管している。依頼主に渡すことはない。なぜなら、一度開けたら鍵穴が変わることがあるし、扉が消える場合もあるからだ。それほどまでに厄介で単純な扉なのだ。
今日も私は依頼を受けている。私は指定された依頼主の思い出の場所へと向かっている。そう、そういった場所で作業しないと心の扉は開かない。現れない場合もあるのだ。
とある公園の入り口。かなり大きく、この国では有名な場所だった。人通りも多く、今日も休日とだけあって、たくさんの人々が公園にいた。
「おい見ろよ、キーメイカーさんがいるぞ。」
「ああほんとだ。今日はこんなところで仕事か?」
「ママみてあの人!この間の鍵屋さんじゃない?」
「この国じゃ最後の独りと聞いたぞ。」
さすが私を見ると誰もが噂話を始める。これほどまでに珍しい仕事をしているのはもう私くらいなものだ、仕方がないだろう。同僚たちは他の国で頑張っているが、この国では私だけがキーメイカーをしているのだ。
私は指定場所と到着した。そこには人だかりができていた。なにやらたくさんの木箱が重ねられていて、それはまるで山のようだった。そして何やら木箱の山のてっぺんが太陽の光でキラキラと輝いている。なんだろう、あの光り方、私は知っている気がした。
「通してください。」
私は野次馬たちの中を進んでいった。すると目の前に木箱の山が現れた。そしてそこにいたのは――
「来たか、キーメイカー。」
私はその男を知っていた。知っているも何も、この男とは共にキーメイカーになるための修行をした仲だ。
「なぜ、君がここにいる……。」
「決まっているだろう。開けてほしいのだよ。俺の扉を。」
「断る。」
「まだ何も話していないのにか?それはないだろう。」
「キーメイカーの掟だ。キーメイカーは己の鍵を作成してはいけない。」
「はあ、全く、お前は昔から硬い男だったよな。」
「思い出話はまた今度にしてくれ。私は帰る。君の扉には興味がない。」
「確かに掟は何よりも優先で絶対だ。しかし私は開けてほしい。キーメイカーである前に君は大親友。その友に私の扉を開けてほしいのだ。君にしか頼めないことだ。」
「しかし……。」
周りの野次馬共がざわめいている。
(キーメイカーが仕事を辞めるとき、他のキーメイカーに扉を開けてもらうと聞いたことがあるぞ。)
(しかしその扉を開けるとキーメイカー自身の体が耐えられず死に至るとか。)
(なぜ扉を開けると死んでしまうんだ?)
(なんでも誰かの心の扉を開けたとき、相当なエネルギーを消費するらしい。しかしそれがキーメイカー本人の心となると、命をも消耗するほどのエネルギーが必要とされるんだと。他国のキーメイカーから聞いた話だ。)
(ということはキーメイカーを辞めるということは死ぬと言うことなのか。)
(なんという運命を背負っているんだ、アイツらは……。)
私は考えていた。同じキーメイカーである友が私に扉を開けと、そう言っている。しかしそれは友の死を意味している。極端に言うと私に殺してほしい、そうも捉えられる。できない。私には……。友を殺すなど、キーメイカーを終わらせるなどできるはずもない。
「……なぜなんだ。君はなぜ扉を開いてほしいんだ。」
「この箱は俺の苦しみや痛みが詰まっている物たちなんだ。キーメイカーには専門がある。お前は希望だよな。俺は絶望だった。絶望の扉の鍵を無数に作成しては俺の心に閉まってきた。理由はこの鍵たちが暴れ出すからだ。俺はたった一つの心で無数の暴走を抑えてきた。それらの暴走には声があるんだ。戦争の悲鳴、裏切りの叫び、無念の喘ぎ……と。このままでは俺の心は壊れてしまう。もうすでに亀裂がある。心が崩壊してしまえば、俺は俺でいられなくなる。我を失い、罪のない誰かを襲うかもしれない。そしてこの鍵たちの持つ恨みや苦しみ、痛みがこの世界を苦しませるだろう。そうなる前に、祈りのなか作られたこの木箱に移し替えておいた。この箱が壊れるのもじかんの問題だ。唯一の解決策は、この心の持ち主である俺の命が消える事。そうすれば命と共に鍵は消滅し、世界が救われる……。だから友よ、頼む!我が生命の終わりこそが俺の最後の希望なのだ!扉を開けてくれ!」
私は言葉が出なかった。なぜもっと早く言ってくれなかったのだろう。なぜひとりで背負ってきたのだろう。なぜ私に秘密にしていたのか。最後に会ったとき、何もこんな話はしていなかったじゃないか。私にいつも元気だと、共に名のあるキーメイカーになろうと、そう約束したのに、目の前の友はまさに今、死を希望としている。友の後ろに扉が現れていた。そうか、ここは二人が初めて出会った場所。思い出が強く残る場所だ。
野次馬共が叫んでいる。その男の扉を開けろと。開けてやってほしいと。もう苦しませるなと。お前にしかできないことだと。確かに私にしかできない。私に運命がかかっている。それも友の死をもって世界が救われるのだ。今まで苦楽を共にし、何度も喧嘩し何度も笑い合いながら共に夢を叶えた。あのとき友がいなければ、私は死んでしまっていたことだろう。私は友に何もしてあげられていない。最後の願いを叶えることが友なのだとしたら、私は願いを叶えてやるべきなのだ。しかし、しかし……!私は、私は――
「心配するな友よ。俺はお前の心の中で、記憶の中で生き続けるさ。俺が生きているのはお前のおかげだ。俺が生きていたのはお前がいたからだ。お前の名を他国で聞くたびに俺は救われてきた。生きているんだと、立派なキーメイカーになっていると、友が誇らしいと、その思いが心を強くしてくれた。しかし俺の心はここまでが限界だ。もうどうにもできなそうだ。頼む。」
野次馬共の声は大きくなっていく。いつの間にかかなりの数になっている。助けてやれと、願いを叶えてやれと、彼を救ってやれと。
「……わかった。私にしかできないことだ。君の扉の鍵を作る。少し待っていてくれ。」
鍵を作成している間、私達は思い出話をしながら笑っていた。観客たちも交えて。キーメイカーの裏話や、観客たちの鍵のエピソード、二人のこれまでの活躍ぶりなどもたくさん話した。友は気づいていただろう。私がわざと時間をかけて鍵を作っていたことに。
そしてついに私は友の心の鍵を完成させた。観客たちは静まり返っていた。とうとう出来上がったかと、涙を流している者もいた。
私は重い足を動かし、友の扉の前まで歩いていった。後ろには友がいる。しかし顔など見れなかった。今にも溢れ出しそうな感情を抑えるのに必死であったからだ。
「……見事な鍵だな相変わらず。さあ、俺の心を開けてくれ。」
「君を忘れはしない。ここにいる者たちも、この私も。君は語り継がれる。私と共に生き続ける。そうだろう……?」
「ああ。お前と共に、な。」
私は鍵穴にに鍵を差し込んだ。そしてゆっくりと手をひねる。
――ガチャ
大きな音をたてて扉の鍵が開いた。友が言った。
「さよなら友よ。お前と歩んでこれた人生に感謝している。ありがとう。ではさらばだ、友よ。」
「ああ、私もだよ。さらばだ友よ。」
友が扉を開ける。私と観客は強い光に包まれた。友が扉の向こうに消えていく。影すらも見えなくなるほどに来ていったとき、扉がひとりでに閉まっていった。そして音もなく扉が消えていった。
――ガラガラガラ!
木箱の山が崩れ去っていく。鈍い音を立てて崩れ去り、最後は砂と化し風に消えていった。
すべて終わった。私のもとに観客の歓声が届いた。
「よくやった!」
「辛いだろうが、あなたは私達と友を救ったのだ!」
「この先も語り継がれるだろう!」
「君はとても強い人だ!」
「あなたは最高のキーメイカーだ!」
私は観客に一礼し、公園を後にした。私には笑顔がなかった。本当にすべて終わってしまったような気がしたのだ。すると後ろから小刻みな足音が聞こえてきた。振り返るとそこには少女が立っていた。
「お父さんに言われて来たの。キーメイカーさんの忘れ物だって。これ!」
少女に渡されたものは友のものだった。私達キーメイカーの大事なもの。キーメイカーである証のブローチ。
「それ、とてもキレイね!大事にしてね!またね!キーメイカーさん!」
「ありがとうね。」
少女はその場から走っていった。私は友のブローチをギュッと握りしめた。私はキーメイカー。誰かの希望の扉を開ける者。明日も明後日も鍵を作り続けていく。友と共に。
「王様、ご報告です。希望のキーメイカー様が城にご到着致しました。」
「おお、そうかそうか。よしすぐに通せ。」
「かしこまりました。」
「しかし皮肉なものよな。我が国の戦への希望を見出し長年私や兵士や民たちの心の扉を開けては癒やしてきたあやつの友が、敵国の絶望のキーメイカーだったとは。」
「そうですね。一方の希望の力が、もう一方の絶望を深めていき、死へ追いやった。なんとも救いがたい悲劇ですな。」
「おかげで我が国は戦に勝利できた。して、あやつへの褒美は用意できているのか?」
「はい、しっかりと。」
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