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砂の上の星
「なあ。知ってるかい?僕たち、いつ壊れるかわからないんだよ。」
そう言ってきたのは隣で固まっている王子様でした。
「目の前に広がる海の水が、いつか僕たちをさらっていくんだ。」
私と王子様は砂でできています。偶然この砂浜で作られて、それ以来二人きりなのです。私達のいる場所は砂のお城の上。一人の男の子がそれはそれは立派なお城を作ってくださいました。きっと、男の子の隣にいたのはお父様ね。仲良く私達を作ってくださいました。しかし、私にはお口を作ってくださらなかったために、王子様とお話することはできません。いつもたくさん話しかけてくださりますが、会話をしたことは一度もございません。それで王子様は私に毎日話しかけてくださります。物知りなお方なので、私は毎日楽しく過ごす事ができますが、申し訳無さと悲しい気持ちでいっぱいです。
「なあ。この間、あの夜空に広がる光の点は、星と呼ぶんだって教えたろう?」
はい、覚えております。ちょうど私があの光たちは何だろう?と思っていた時のことでした。思っていることを当てられてしまって本当に驚いたのですよ?王子様には心を読む力があるのだと本気で思いましたのよ。でもたまに鈍感なところがありますので、そんな力はございませんね。でもそんなところも私は好きなんです。
「実はあの星一つ一つにも名前があると言ったら驚くかい?」
星一つ一つにも名前があるだなんて!本当に王子様の知識には驚かされます。あの星、強く光っているあの星の名前はなんというのでしょうか?王子様は教えてくれるでしょうか。
「3つほど強く光る星が見えるかい?あれはベガ。あれはデネブ。そしてあれがアルタイルと言うんだよ。この3つの星をつなぐと、大きな三角形になる。人はそれを夏の大三角形と呼ぶんだ。」
まあ、本当に物知りです。星と星をつなぐなんて、本当におもしろいわ。……私と王子様も、あの星のようにつながっていられるのでしょうか。いつまでもいつまでも……。
私はそのまま眠ってしまいました。そして夢を見ました。その夢は王子様と海岸を歩きながら楽しくお話をしている夢でした。本当に楽しくて楽しくて、このまま覚めなければいいのに……。なんて思ってしまっていました。だめね、これは私の勝手な想い。きっと王子様は私のことなんてただの話し相手にすぎません。しかも私は話すことができない。つまらない相手でしょうね……。
「おはよう。そろそろ日が昇る。起きているかい。」
おはようございます。今日も一緒に太陽が見られると思うと幸せです。
「さあ、今日はどんな話をしようか。」
どんなお話でしょうか。いまからもう楽しみです。
「おや、あれをご覧。いよいよ太陽が昇ろうとしているよ。」
まあほんと。今日は空気がとても澄んでいますので、きっと綺麗なことでしょう。
「ほら、いよいよだ。」
目の前に映し出された光景に、私も王子様もシンとなり、より一層波の音が強くなりました。紫の空は太陽の光に染まり始め、海が輝きを放ちました。顔を出した太陽はまるで大きな真珠。あの真珠に触れてみたい。できることなら、この海にかかる光の橋をあなたと渡りたい。そしていつかあなたに話したい。私の気持ちを。私の想いを。王子様、あなたは今何を思っているのでしょうか。
「……この光景を君と見れて光栄だ。君もそう感じているだろうか。いや、いいんだそんなことは。きっとこの声は届いているだろうから。」
はい、ちゃんと届いております。そして今私は幸せです。
「……ご覧。もうあんなに高く昇ってしまった。時間とはどうしてこんなにも早いのだろうね。」
その時でした。私達のそばに誰かが来たのです。突然のことでしたので、私達はとても驚きました。
「お父さん!この間のお城、まだ残ってる!」
「おや、本当だね。まだまだしっかりしているようだね。」
「コレ、お兄ちゃんが作ったの?」
「そうさ、僕とお父さんとで作ったのさ。」
「すごい!私もビーズを飾りたい!」
「ビーズか。いい案だね。お兄ちゃんと一緒に飾るといいよ。じゃあお父さんは向こうでお母さんと一緒に見ているから、二人で仲良く遊んでいるんだよ。何かあったら呼ぶんだぞ。」
「わかった!」
まあ、あの時私達を作ってくれた子ね。妹さんがいたのね。頭につけているリボンが可愛いこと。
「さあ、ビーズを上からばら撒いてあげよう!王子様とお姫様には優しくつけてあげるんだぞ!」
「わかった!」
彼らは私達にビーズという宝石のように綺麗な玉で飾りつけてくださいました。王子様は少し照れている様子でした。私は少しでも綺麗になれたかしら?でもこの子達のおかげでお城も綺麗になりました。ありがとう。
「おーい!そろそろ帰るぞー!今夜は嵐が来るし、早いとこ用事を足しに行くぞー!」
「はーい!行こう!」
「あ!まってお兄ちゃん!」
行ってしまいましたね。またおいでなさいね。
「こんなに飾り付けなくても良かったのに。しかし僕の王冠に宝石がついているようだ。君も素敵だよ。」
いいじゃありませんか。王子様、とてもかっこいいですよ。王子様というよりも、王様みたいだわ。
「ちょっと恥ずかしいな。大げさになってしまったよ。」
私は照れくさそうに話す王子様がなんだかおかしくて笑っていました。それからはまた波の音と鳥のさえずり、風の音に私達は包まれていました。いつの間にか夕刻になり、太陽が沈んでいきました。すると、ずっと黙っていた王子様が急に話し始めたのです。
「僕は物知りなほうだと思っている。だけど、わからないことが一つだけあるのさ。」
わからないこと?
「僕たちが消えてしまったら、この声は、この命は、どこに行くのだろう。」
……命の行方ですか。
「僕たちはどこか別の場所に行くのだろうか。それともすっきり無かったことになるのだろうか。」
無かったことなんて嫌です!例えここから消えてしまっても、あなたといた思い出は失いたくないのです!お願い、もう怖いお話はやめてください!
「今、君はどんなことを思っているのかな。もし君が許してくれるのであれば、消えたあともずっとそばで、こうして僕の話を聞いておくれよ。なんて、勝手だよな。」
いいえ!……いいえ。私も心からそばにいたいと思っております。
「なあ。この間の話、覚えているかい。僕たちを目の前の海がさらっていくと。……もしかすると、そろそろかもしれない。」
私は耳を疑いました。物知りな王子様が言うことですもの、そろそろ消えてしまうだなんて、信じられませんでした。
「あの時、聞こえただろう?嵐という言葉を。嵐とは暴風が吹き荒み、雨が大地を打ちつけ、海は波を高くし、空からは雷が鳴り響く。そういうものなんだ。ほら、さっきから空が暗くなって風も吹いてきているだろう?いよいよ僕たちは、消えてしまうんだ。」
……嫌です!私はまだあなたといたい!楽しいお話が聞きたい!まだあなたと会話すらしていませんのに!私は、私はそんなのは嫌です!
その時でした。空を切り裂くように雷が光りだしたのです。まるで大地が割れたかのような大きな音とともに。風は私達に突き刺さるように吹き荒んできました。そしてすぐそこまで波が押し寄せました。
「聞こえるか!僕たちはもう終わりに向かっている!城もすぐに崩れ去るだろう!」
いや!こんなに早く終わるのはいや!
「僕たちはしょせん砂でできた人形だ!この風に、この雨に、この波に!削られ、壊され、消えていくことだろう!」
そんな……。
「もしも生まれ変われたら、また会おう!この砂浜で、ともにあの日の出を見よう!」
約束……約束です!私もあなたも、生まれ変わるのです!
「いいかい。よく聞いてくれ。僕の声が君に届いているのかは分からない。でも僕は強く伝えたい。僕は君を――」
その時でした。真っ黒な波が彼をさらっていきました。私に伝えるこが何だったのか、想像もできませんでした。しかし彼はあっという間に消えてしまった。そして波は無情にもお城を削り、私をも飲み込みました。
「なあ、知ってるかい?僕たち、いつ死ぬかわからないんだよ。」
そう言ってきたのは隣を歩いている彼でした。
「目の前の波も、太陽も、いつか見れなくなるんだ。」
私と彼は偶然にもこの砂浜で出会いました。なぜだか互いに一目惚れで、それ以来二人きり。彼は会話が大好きで、よく話かけてきます。すごく物知りで、いろんなことを知っているの。そして、今、砂浜を歩きながら、日の出を待っています。
「……前世、が、あるとしたら。僕たちは何だったのかは分からないけど、こうして君とここで会話できることが、なぜだかとても嬉しくてさ。」
「そうだね。私も本当に嬉しいよ。」
「いま、前世の捜し物をしていたとしたら、間違いなく君を探していたんだと思う。」
「え?」
「いや、変な話だよな。」
「ううん、続けて。」
「僕はきっと君を探すためにこの世に生まれてきた。君と出会ってからそう感じ始めた。」
「……うん。」
「本当に変だけどね。君に伝えたい事がある。」
「なに?」
「君を愛してる。」
「うん。私もだよ。」
「何だろ、何だかすごくスッキリした!あれ、こんなところにビーズがたくさん……。まるで砂の上の星、だね。」
「懐かしいね!」
「不思議だね。僕もそう感じた。」
「ありがとうね。」
「ん?なにが?」
「ちゃんと伝えてくれて。待ってたんだよ。」
彼はニコッと笑いながら、私の手を引きました。
「ご覧、いよいよ太陽が昇ろうとしているよ。」
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