すずめの恩返し

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すずめの恩返し

 うちの街は海と山の間にある。  よく晴れた日であったら北のほうに山とその山に生えている町がよく見え、風が吹くと潮風の匂いがする、そんな街。  その街で今日の買い物について悩んでいた。  私は小説家であり、小説を書かないと食べていけないのだけれど、企画の通りがちっともよくないのだ。専業にだってなりたくてなった訳じゃない。兼業でちまちまとやっていて、その一番忙しいときに会社が潰れた、それだけだ。あまりに忙し過ぎて転職活動する暇もなく、仕方がないから専業作家をやっている。  そんなんだから、買い物のときはできる限り安く、それでいて栄養価が高いものを考えないといけなかった。コンクリートを割って咲いている花を眺め「これはたしか外来植物だったなあ」とぼんやりとしているときに、頭上で鳴き声が聞こえた。 「カァカァカァ!」 「チュチュンチュチュン」  すずめがカラスに一斉攻撃をしていた。この数年ほど、山の麓のこの街でもカラスが増えたせいなのか、すずめの姿はあんまり見なくなっていた。  すずめ生きてたんだなと思いつつ、カラスを見る。真っ黒なカラスが、すずめを咥えているのだ。どうもすずめの群れがカラスに対して一斉攻撃をしているのは、それが原因らしかった。  敵討ちって、動物でもするんだなあ。鳥の生態をいまいちわかってない私はそう素直に感心して眺めてみたら、「チュンッ!」とすずめが落ちてきた。  可哀想に。カラスのご飯になったと思ったら落とされて。  そう思って通り過ぎようとしたら。 「チューン……」  なんと。カラスのご飯にされかけていたすずめは生きていた。私はそれをまじまじと眺める。ふっくらとした羽毛はカラスに咥えられていたせいか、気のせいか縮んでしまっている。でも、ぱっちりとしている目はなんとなく生きる気概を感じるし、こんなところでカラスが去って行ったとしても、今度は猫のご飯にされる可能性だってある。この辺りの路地はちょうど地域猫の面倒を見ている人たちがいるはずだから、放置していたらそうなる。  鳥が怪我している場合は、野鳥でも拾ってよかったんだっけか。一応スマホで野鳥のことを検索して確認を済ませると、とりあえず鞄からちりとりを取り出した。会社が潰れる前に、家の模様替えをしようと思い、百均でブリキのちりとりを買ったんだった。それにすずめをちょこんと乗せた。 「とりあえず、病院に行こうか」 「チュンッ」  怪我がどうなっているかわからないけど、とりあえず動物病院に連れて行けばいいのか、これもまたスマホで検索をかけることにした。  どうも野鳥は連絡してからだったら、病院で診てもらえるらしい。一応電話をしてから、病院へと行くことにした。 **** 「土岐(とき)さんがこうして拾ってきた訳ですね」 「はい」  とりあえず連絡を取ってからすずめを診てもらうことにした。私がすずめを拾った経緯を話すと、お医者さんは「そうですかあ」と言いながらすずめの手当てをしてくれた。羽を骨折したけれど、ひと月くらいで治るらしい。 「このすずめも運がいいですねえ。最近すずめは天敵が多過ぎてだいぶ街から減ってましたから」 「そうなんですか? そういえば最近あんまり見なくなりましたけど」 「街のほうが居心地いいみたいで、カラスが山に帰らず大量に街に移動したのかありますねえ。あと地域猫ですかね。餌やりをしている地区もありますけど、地域猫でしたらすずめを襲ってしまうこともありますから」 「なるほど……」  すずめはつつかれまくったものの、羽を包帯で固定される以外は元気で、私のほうを見ても「チュンチュン」と元気に鳴いていた。  そのことに私も少なからずほっとする。 「しばらくはこちらで面倒見ますが、たまに会いに来ますか? 野生に帰すまでは会えますよ」 「ええっと……じゃあ見に行きます」  企画が通らなくって困っていたのが半分。さすがに放置していたらすずめも猫のご飯になっていたよなあと思ったのが半分。  お医者さんが野生に帰すまでの間、私は取材がてらしばらくは動物病院に通うことにした。  パソコンとメールでのやり取り、動物病院とスーパーの往復。私の日常は少しだけせわしなくなったけれど、一番ひどいときの締切を思えばなんてことはなく、のんびりと生活していたときだった。 「それでは、すずめを帰しますよ」 「あ、はい。お願いします」  面倒を見ていたすずめの包帯は外れ、無事に野生に帰されることになった。  ご飯をたっぷりもらい、英気を養ったせいなのか、私が拾ったときには羽毛も潰れてへしゃげてしまっていたすずめは、ふっくらすずめに変貌し、羽毛ももっふんと膨らんで可愛らしくなっていた。  私は空に放たれるすずめを、少しだけ感慨深く見ていた。  多分すずめは私のことなんて忘れて、暢気に元の生活を送るんだろうなあ。そうのんびりと思いながら見送っていたけれど。  意外とそんなことはなかったのである。 **** 【こちらの企画ですが、会議には出しましたけれど、決め手に欠けると言うことでした。  大変申し訳ありませんが不採用ということで。次の企画をお待ちしております。】  届いたメールを見て、私は遠い目になった。  五月雨のように送り続けている企画書で、ひとつくらいは頼むから通ってくれと思っていても、どうも上手く行かない。  困ったなあ。 「こういうとき、気分転換に取材にでも行けたらいいけれど」  現在は会社員時代に貯めていたお金でどうにか食いつないでいる。日帰り旅行ならいざ知らず、泊まり込みであんまり大きな旅行はしたくても予算がない。 「困ったなあ……」  私がそうぼんやりと呟いたところで。  台所の出窓がコツコツと音が鳴ることに気付いた。この辺りだとあんまり聞かないけれど、稀にガラスに鳥が突撃してくるバードアタックというものがあるらしい。うちのアパートでそんなの本当に聞かないのになあ。  私がそう思って台所に歩いて行って出窓を覗いたときだった。 「チュンッ」 「あれ……あなた……」  この間助けたすずめを思い出した。ひと月くらいで羽を治して元気に飛び立っていったすずめ。まさかなあ、同一人物……いや同一鳥? じゃあるまいし。 「ちゅんちゅん。このたびは、たすけてくださりありがとうございます。ちゅんっ」  一瞬、舌っ足らずな口調が耳に入ってきた。 「あれ、どこから……」 「はい、わたしですっ」 「はいっ?」 「たすけてくださり、ありがとうございますっ!」 「はいっっ?」  舌っ足らずな声は、どうもすずめらしかった。  あれか。私は企画が通らな過ぎてストレス溜めて、とうとう幻聴まで聞こえるようになったか。 「……ストレスって、こんなにはっきりとした幻聴まで聞こえるようになるの。やだねえ……」 「ち、ちがいますっちゅん。わたしがからすにさらわれ、じゅうぎょういんのみなみなさまにたすけをもとめましてもなかなかたすからず、なんとかからすからにげおおせても、まんしんそういでみちばたでころがっていたわたしをひろってくださったのは、あなたさまでしょう?」  絵本で見たことある。動物を気まぐれで助けたら、なんかお礼を言われる奴。私はどうしたものかと考え込んだ。  これは、このまま信じていい奴なんだろうか。 「ええっと。私も病院に連れて行っただけで、助けてくれたのは動物病院のお医者さんだから、そこまでお礼を言われても、ねえ……」 「そんなことおっしゃらずに。おれいもかねまして、ごあいさつにまいりましたら、なにやらこまってらっしゃるようすです。どうでしょうか?」 「はい?」 「われわれのおやどに、いったんはねをやすめてくつろぐというのは?」 「はいぃ?」  すずめのお宿。そういえば。 『舌切りすずめ』だったかな。すずめを可愛がっていたおじいさんを、お礼にお宿に招待してもてなすという奴。  それみたいな展開がやってきたというのはどうだろうか。  これが私の神経衰弱で見た幻覚だったらどうしよう。それも少し考える。でも、それならそれでかまわないから、企画書が通る突破口が欲しかった。 「……詳しく聞きましょうか」  ひとまず私は出窓を開けて、すずめを招き入れることにした。
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