最期は貴方のもとで

1/1
前へ
/1ページ
次へ

最期は貴方のもとで

静かだった。 ここ池田屋の奥座敷は、先程の乱闘が嘘のように静かだった。 一人、そこに立ち尽くした者がいた。 そのものは静かに口ずさむのだった。 「萩は咲く。私達の故郷。 今は東の狗に虐げられても、いつかは花開く。」 それだけだ。 そのものは静かになった。只々涙を流した。 歩く度に血糊が跳ね返った。 「優れた才能の持ち主は、当代を危うくし、 巧妙な策略は、多くの人を弄ぶ。」 この世のもととは思えぬ美声。 池田屋の一階では、東の狗が、その声を聞く。 「歳、なにか聞こえんか。」 「あ?何だこの・・・、見てくる。」 二階に上がる。 血の匂いに思わず顔をしかめた。 見えたのは、髪を高く結び、袴を着た男。 その目はそこにいる東の狗の一人もとい副長土方歳三すら写っていなかった。 「お前は?」 この世のものとは思えず、おそるおそる尋ねる。 普段の冴えた土方であれば、隊服を着てない時点で敵とみなし、斬りかかるはずだが、何故か戦意喪失させられる。 ようやく土方に気がついたのか、虚ろな瞳を男は向けた。 「何者だ。」 「・・・、土方・・・か?」 「あ、ああ。」 「何しに来た?」 「何って・・・。」 声が聞こえたからだ、と言おうとしたが、男の目が笑っておらず、口元だけ笑っていた。そのことに恐怖を感じたのだ。 「この時勢がいつか崩れますように。」 そう、男は呟いた。 その声はゾッとするほど冷たく、憎しみに満ちていた。 「世界()を相手取った、萩の華。無数の華が、今日(こんにち)、散りました。」 「何が言いたい?」 生憎学がねえんだ、と呟く土方に向かっていった。 「土方・・・、お前の中の、世界(生きがい)を失う前に・・・、私が世界を壊す。」 静かすぎる声。 恐ろしかった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加