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平沢勇者、二十五歳。
おれは、自分の名前が大嫌いだ。
まず、勇者の読みは『ゆうしゃ』であってヒーローではない。
百歩譲って英雄ならまだ分からなくはないが、それなら『ひでお』と読ませたほうが日本人らしくていい。
……せめておれの名前が英雄なら、『ひでお』を通名にして簡単に改名できたのに。
そう思ってしまうほど、おれは名前で不利益を被ってきた。
世間ではキラキラネームと馬鹿にされ、就職ではことごとく落とされ、改名のために動けば親に邪魔される。
そのくせ親は、アルバイトばかりのおれに就職しろと言う。
それに疲れたおれはアルバイトすら辞めて引きこもりとなった。
クソ親に迷惑をかけるためだけにニートになった。
お前らの名付けのせいでお前らが苦労するんだと知らしめるために、おれは部屋にこもってただベッドの上に転がっていた。
毎日毎日、扉の向こうから怒鳴り声と猫撫で声を交互にかけられ、それを無視して転がっていた。
そんな虚しくて、けれどどうにもならない日常は、案外簡単に崩れ落ちた。
階下の便所へ行くために階段を降りる途中で、母親に突き飛ばされたのだ。
(――景色がスローモーションになるって、こういうことなのか)
迫る床をはっきりと見ながらそんなことを思い、そして痛みに備えて目を閉じた。
……が、不思議なことに痛みはなく、何か柔らかいものがおれを受け止めたようだった。
「びっくりしたあ……何なのだ急に……」
そんな声が聞こえ、おれはそっと目を開ける。
「あっ、えっと、こんにちは? いや、はじめまして、なのか?」
おれを抱え、おれの顔を覗き込んでいたのは少年だった。
右側頭部からツノを生やした、赤い目の少年だ。
(……え? ツノ?)
見間違いではない。
ふわふわの銀髪をかき分けて生えているそれは、いつか見た山羊のツノによく似ている。
どう見ても人間じゃない。たとえるなら、おとぎ話の悪魔だろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、誰かの声が言った。
「……なるほど。その者がお前の伴侶か」
威厳のある、年配の男性の声だ。
目の前の少年はハッとしたように顔を上げ、ぶんぶんと頷いた。
「そ、そうなのです! このヒトがボクのお嫁さんなのです!」
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