中編

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中編

 その日の夜、実家の母から電話がかかってきた。  母と話をするのは久しぶりだったが、いつもどおりに会話はあまり続かなかった。 『西園寺(さいおんじ)先生がそちらにいくから』  母はぼくにそう伝えると、まもなくして電話を切った。  当たり前にように伝えられたことだが、ぼくは西園寺先生をよく思いだせなかった。同業の作家先生だったような気もするが、そうではないという気もどこかでしていた。そのうち考えるのが面倒になってきて、思いだすのを後まわした。  ぼくの家に泊まりこむことになった長塚は、最初からそうする心づもりだったらしい。乗ってきた車に着替えなどの宿泊セットが用意されていた。  ぼくたちは同じ居間にいながらも、ほとんどの時間で別行動を取った。ぼくがちゃぶ台のノートパソコンで小説の原稿を書いていると、長塚のほうは胡座をかいて蝉の後ろ姿を大学ノートに写生するなどしていた。  交わす言葉は必要最低限のものに限られたが、一度だけ長塚に西園寺先生を知っているか尋ねた。 「知らないな……あ、いや、もしかして祈祷師の西園寺か?」 「祈祷師?」 「最近ちょくちょくテレビなどで見かけるやつだ。若くても長けた祈祷師とかで、西園寺先生などと言われて持て囃されている。政界のやつらや芸能人なんかの祈祷も行っているらしいぞ」  蝉は昼も夜も問わずに縁側にい続けて、常にこちらに背を向けて横座りしていた。しかし、ごく稀にわずかながら動くことがあり、すると長塚は熱心になにかをメモしていた。 「蝉の着物と帯が変わった……」  観察三日目に長塚が独り言のようにそう呟いたが、相変わらず蝉は真っ白な着物に真っ白な帯を締めていた。蝉の着物と帯がどう変わったのか、ぼくには判断できないことで、気に留めずに執筆作業に勤んだ。  西園寺先生はなかなか顔をみせなかったが、途中からどうでもよくなっていた。
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