1人が本棚に入れています
本棚に追加
「……という出来事があったんだ。びっくりだろう?」
私が一通り語り終わると、まずは一番の古株が口を開いた。
「その少女は、おそらく幽霊だろうな」
他の仲間たちも口々に騒ぎ立てる。
「凄いな、お前。幽霊を見るなんて」
「幽霊って、本当にいるんだな」
「俺も見てみたいぜ!」
そんな中、私は自分の知識を再確認する。
幽霊とは、実在の証明されていない概念だ。成仏できない死者が、この世をさまよう姿だという。
「だとしたら、あの少女は既に死んでいたのか? 生きた人間ではなく……?」
呟く私に対して、先ほどの古株が軽く笑う。
「馬鹿だなあ、お前は。ちょっと考えればわかるだろ? もう夏も終わりだぜ。普通の人間が、あの堤防に行けるはずないじゃないか。俺たちドローンと違って、人間は飛べないんだから」
言われてみれば、当然の話だった。
異常気象で地球の海がほとんど消滅してから、既に数百年。総人口も極端に少なくなり、私たち人工知能が管理しなければ人類は滅亡する、というレベルにまで低下していた。
AI搭載の自律型ドローンである私は、同じタイプのドローン仲間と共に、かつて海辺だったこのエリアを担当。人類が平和だった頃の暮らしを再現するために、夏の真っ最中だけ人工的に海水を用意したり、磯や砂浜を整備したり、魚を放流したりしている。普段は繋がっていない堤防を人間の居住区域と接続させるのも、その一環だった。
なるほど、もう今は「普通の人間が、あの堤防に行けるはずない」という時期だ。人間たちに『夏』を体感させる期間は、既に終わっているのだから。
その後。
夏以外の時期、つまり人間が来られないような期間も、私はあの堤防を頻繁に見回るようになった。あの少女に再び会いたい、という気持ちが私の中に芽生えたらしい。
しかし、あれ以来一度も見かけることはなかった。
もしも本当に彼女が幽霊だったとしたら、もう成仏してしまったのだろうか。あの時あそこで波の音を聞いたことで、この世に未練がなくなったのだろうか。
ならば、よほど特別な波の音だったに違いない。彼女が聞いたのと同じ波の音を、いつか私も聞いてみたいと思う。
(「君が聞いた波の音を私も聞きたい」完)
最初のコメントを投稿しよう!