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その少女は目を閉じたまま、堤防の縁にちょこんと腰掛けていた。後ろから強い風が吹いてきたら、簡単に落ちてしまいそうな格好だった。
髪はおさげで、服装はセーラー服。足には何も履いておらず、浅い海ならば、そのまま水に浸かって遊べそうだった。
とはいえ、現在この辺りは完全に干上がっており、少女の足下ではテトラポットが剥き出しになっている。もしも落ちれば大怪我をするだろう。
「そんなところに座っていると危ないよ」
静かに近づきながら、声をかけてみる。海辺で遊ぶ人間を危険から守るのも、私の仕事の一つだからだ。
「あら? あなたは……」
少女はゆっくりと瞼を上げて、くりっとした茶色の瞳をあらわにする。不思議そうな表情で何か言いかけるが、最後まで言い切らず、途中で言葉を飲み込んでいた。
私の話しかけ方が悪かったのだろうか。ならば、最初からやり直そう。
「こんにちは。ここで何をしていたのかな?」
今度は問題なかったらしく、少女は微笑みを浮かべて、きちんと答えてくれたが……。
「波の音に耳を傾けていたの」
不可解な回答だった。
いや「耳を傾ける」が「聞く」という意味なことくらい、私にもわかっている。しかし、その対象が「波の音」なのは、私の理解を超えていた。完全に干上がった海で、そんなものが聞こえるはずないのだから。
「波の音……? 君には波の音が聞こえるのかい?」
「ええ、私のひと夏の思い出」
どうやら少女は、実際に何か聞いていたわけではなく、ただこの夏の出来事を振り返っていただけ。夏に聞いた波の音を、改めて思い出していたようだ。
「ああ、なるほど。一種の幻聴ってやつだね」
「あらあら、幻聴だなんて……。あなた、ずいぶんと風情のない言い方するのね」
少女がクスクスと笑う。屈託のない笑顔であり、彼女にその気がないのはわかっていたけれど、それでも私は、なんだか責められている気分だった。
「申し訳ない。私たちは、そういうのが聞こえるようには出来ていないから……」
「あら、大丈夫よ。だってあなたは、こうして私が見えるのでしょう? そのうちきっと、聞こえないはずの音も聞こえるようになるわ」
少女はそう言い残して、まるで煙みたいに消えてしまう。
「……!」
驚いた私は、急いで仲間のところに戻り、この体験を報告した。
「みんな、聞いてくれ。たった今、あそこの堤防で……」
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