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「んっ……ここは……?」
少女が目を覚ます。障子から透けて見える橙色は少女に焦りと不安をもたらした。
「だれか、いないの……?」
まだ痛む喉を押さえながら、霞んだ声を精一杯閨の外へ押し出す。すると、音もなく襖が開いた。
「目が覚めましたか」
昨夜、少女を助け出した男性だった。男はやはり足音を立てずに少女のいる布団へ近寄ると、静かな動作で跪く。
「主よ。助けるのが遅くなってしまい、すみません」
男は間違いなく少女のことを”主"と呼んだ。目覚めたばかりで記憶の混乱している少女は、その言葉をすぐに理解できなかった。
「あの、わたしはあなたのことを知りません……。主というのも、どういう事なのか……」
「そのような言葉遣いはおやめください。貴女は私を救ってくれた恩人です。あの日から私は、貴女を主として仕えることを誓ったのです」
遡ること一年前……。
白い毛並みを泥で汚した一匹の狐が、人里へと下りてきた。普段は森の中で大人しくしている狐がどうして一匹だけ人里へ迷い込んで来たのか。この狐はまだ小さく幼い、誤って家族とはぐれてしまったのだろう。
怯え震える狐は宛もなく歩く。小さな足跡が点々と、地面に道を作っていく。
子供の遊ぶ声がする。きゃっきゃっと騒ぐ声に警戒する狐。しかし、珍しい毛色をしている狐はすぐに子供たちに見つかってしまう。
「ねぇ!こんなところに狐がいる!」
「狐は化けて人間を脅かす悪いやつっておっかさん言ってたよ……!」
「だったらオレたちが退治しよう!」
子供たちは震える狐を捕まえようと、石や枝を投げつけ攻撃する。するとそこに一人の少女がやってくる。
「ちょっと!きつねさんが痛がってる!」
少女は傷だらけの狐を抱え、安心させるように慎重に頭を撫でる。
「おい!そいつは悪いやつなんだぞ!」
「こんなに震えてるのに、悪いなんて決めつけないで!」
少女は涙目になって必死に訴える。沈黙の時間が流れた末、一人の男の子が言う。
「は、狐に化かされろ」
興ざめした子供たちは、つまらなさそうに去っていく。彼らの姿が見えなくなるまで睨み続ける少女。
「ごめんね。怖かったよね」
泥を拭いながら申し訳なさそうな表情で言う。傷を塞ぐために野草を巻き、もう一度優しく頭を撫でる。
「さあ、家族のもとに戻って。もうここに来ちゃだめだよ」
狐を離し、森へ帰るように促す。
これが、少女と狐の出会いだった。
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