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小テストが終わって、先生は教卓で採点を点けていた。
遠くで、ジリジリという蝉の鳴き声が聞こえる。
いつからだろう。あれこれと言い訳して逃げるようになったのは。
自分でもこのままじゃマズイって思ってるのに辛くなると簡単に逃げてしまう。それで、自分が嫌になる。そしてまた簡単に逃げる。このままじゃダメだって分かってるのに、そこから抜け出せない。
あの夢は、夏休みの宿題から逃げ続けてた俺の罪悪感が見せたのかな・・。
「山田」
先生が、採点を終えて、小テストの中身をこちらに見せた。50点満点中、48点だった。
「お前は、やれば出来るんだから」
先生が、そう言った。
”お前は、本当は・・出来るやつだ・・・”
夢の中の先生の言葉が蘇って、また鼻の奥がツンとしてくる。
涙目で鼻をすする俺に、先生は苦笑いを浮かべた。
「急に花粉症になったか」
「・・はい」
俺は鼻をかんだ。
「先生」
「うん」
「夏休みの宿題、必ずやり遂げて持ってきます」
ああ、言っちゃった・・。どうしよう。また、嫌になって逃げたら・・
「待ってる」
先生が、言った。それから小テストを返してくれた。
「目につく所に貼っとけ」
「え?」
「逃げそうになった時に、それを見て思い出せ。自分は出来るやつだって」
「・・・」
「今お前は、逃げ癖がついてて、それで自分で自分を信じられなくなってると思うけど、今までにやり遂げたことも幾つもある筈だ。今日の補習のようにな。逃げずにちゃんと来た」
「・・・」
「いまいち響かないか。誰も見てなくても、自分はずっと見てるからな、逃げてきた自分を。ダメな奴だって思うよな、自分で」
・・・なんで分かるの・・?
「そのくせ周りと自分を比較して、一気に出来る様になろうと焦る。焦りは、人が生き延びるために必要な能力だが、物理的に言って、階段を十段飛びでは上がれない」
・・・それは出来ない・・
「まず一つだ。一つでも宿題を終らせれば、お前はその分だけ自分への信頼を取り戻すことが出来る。分からない事があればすぐに周りに訊け。クラスの皆に訊くのは恥ずかしいと思ってるかも知れないが、楽勝で宿題を終らせた奴なんて一人もいない。皆それぞれ課題を抱えている。誰もお前を笑わない」
そうなの・・?みんな、楽勝なんだって、思ってた・・・
「十段飛びで上がってる様に見えるやつがいるとしたら、そいつには、今までの積み重ねがあるからだ。人は瞬間移動できない。一段ずつ上がるしかない。他人と速さを競って諦めたら、十段目の景色は一生見れない。俺は出来れば、お前に十段目の景色も二十段目の景色も、百段目の景色も見せてやりたい」
「先生・・」
「やらなかったことに目を向けてくよくよする位なら、前に進む為に忘れろ。どうすれば出来るかを考えるんだ。どうしても自分を信じられなければ、お前を信じてくれている人がいる事を思い出せ。そして一つでもやり遂げたらそれを覚えているんだ。その積み重ねが、お前を百段目に連れて行ってくれる」
「先生」
「うん」
「帰っていいですか。今すぐ宿題やりたいです」
「おう、補習は終わりだ。気をつけて帰れ。帰って山になってる宿題を見たら一気にやる気失くすかも知れないけど」
「うっ」
「まず一つだ。いきなりチョモランマに登頂出来る奴なんていない」
「はい。・・先生」
「うん」
「ありがとう」
「おう。また明日な」
「はい」
一か月後。
俺は夏休みの宿題をようやく終わらせた。
それで終わりじゃないけど。また新しい景色を見たいと思った。
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