炊飯係になりまして

1/1
397人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

炊飯係になりまして

 魔王城で生活を始めて早くも一ヶ月が過ぎた。  リーリアは今、城の厨房で今日の夕食に使う野菜の皮を剥いている。  というのも、魔王のセルジュから何故か助けられたリーリアは城に住む事を許可されたのだが、働かざる者食うべからずという事らしく炊飯係に任命された。  まあリーリアが出来る仕事は限られているので無難かも知れない。  ただ最近思う事がある。  平穏過ぎて怖い……。  始めは敵である魔王の城に住むなんて聖女として人として倫理的にも許されない! と抵抗があった。  だがそうは言ってもリーリアに帰る場所はない。それにルボルが言っていた様に、例え城から逃げても一人で生きて魔界を抜け出す事は難しい……いや、確実に死ぬ。  折角拾って貰った命だし大切にしたい。   「リーリアが来てくれて本当助かるよ」  青とオレンジの大きな瞳にクリーム色の耳と尻尾の生えた小柄な少年は忙しく手を動かしながらも話しかけてくる。  彼はこの城の料理人で、猫族(フェリス)と呼ばれる獣人で名前はナータン。  見た目は人間に猫耳と尻尾を生やしただけで、人間と余り変わりはない様に思える。ただリーリアよりも身長が低く小柄なのに、これでも成人しているというのだから驚きだ。初めて会った時は子供かと勘違いしてしまった。 「これまでずっと一人で調理をされていたんですか?」 「あーえっと……」 「?」  質問に深い意味はなかったが、ナータンは気不味そうにしながら手を止めると振り返る。 「実は数年前まではボク以外にも料理人は沢山いたんだ。でも皆クビを切られて……」 「首を斬られた⁉︎」 「あ、違うよ! 暇を出されたって意味だから!」 「そ、そうですよね……あはは」 (良かった……)  てっきり言葉通り首を斬られてしまったのかと思い一瞬心臓が止まりそうになってしまった。 「その時、先代の魔王様からセルジュ様に代変わりして……。セルジュ様は気難しい方だから、料理人だけじゃなくて侍女とか執事とかも必要最低限の者達を残して皆城から追い出したんだ」    先代の事は分からないが、相手は魔王だ。気難しいとかのレベルではないだろう。  その佇まいからは恐ろしいくらいの負のオーラが漂っている。  彼とは決戦の時を含め二度目が合った事があるが、それだけで心臓が止まりそうなくらいの恐怖を感じた。だがその反面、人ならぬ美しさに見惚れもした。  怖いのに見惚れてしまうなんて……自分がおかしいのだろうか……。しかも相手は魔王だ。自分が信じられない。 「……あのさ、本当は言うつもりなかったんだけど、リーリアが心配だから言うよ。セルジュ様は基本的に争いを好まない方だけど……数年前、実父である先代の魔王様を殺してその座に就いたんだ。だから気を付けた方がいい」  夕食の片付けも済み、今日の仕事を終えたリーリアは自室へと下がった。  天蓋のある大きなベッドに、豪華な調度品。  ここはリーリアに与えられた部屋だが、とても使用人の部屋だとは思えない。  着替えを済ませベッドに横になり、先程のナータンの言葉を思い出していた。 「まさか……食べられちゃったり、しませんよね……」  直ぐに食べなかった理由は、丸々太らせていい感じに脂がのってきたら食べようとか……。 「……」  リーリアは邪念を振り払うように頭を振る。  取り敢えず今日の所は寝よう。考えた所でどうにかなる話ではない。今は自分のすべき事をする。それだけだ。  自分に言い聞かせた。 ◆◆◆  広い部屋の真ん中の長テーブルに一人席に着き、食事をする男の姿がある。静まり返る中、彼は黙々と料理を口に運ぶ。  テーブルの上には沢山の豪華な食事が並ぶ中、明らかに別物と思われる素朴な品が混ざっていた。彼は気に入っているのかそればかりを食べている。  何時も仏頂面の彼にも可愛い所があるのだと内心笑った。 「あぁ、そう言えばあの娘はどうしている?」  如何にも忘れていてたった今思い出した様に話すが、ベルノルトは知っている。セルジュが毎日こっそり彼女の様子を見に行っている事を。  実は昔から極度の魔物嫌い(人嫌い)のセルジュは、他人と関わる事を嫌がり極親しい者しか側には置かない。それ故、数年前に魔王の座に就いた際はこの城の使用人等を必要最低限残し追い出してしまったくらいだ。  そんな彼があの少女を助けた。  元々争いを好むタイプではないが、流石に驚いた。命を奪わなくとも我関せずでそのまま外に放り出すかと思ったのだが……城に住む事を許した。  自分で提案しておいてなんだが、あの時は驚愕した。 「毎日一生懸命に働いてくれてますよ」 「そうか……ならいい」  まさか人間に、まして聖女に興味を抱くとは予想外だった。困った方だ。  だがそう思う一方でセルジュの気持ちを尊重してあげたいとも思っている。例えそれが報われぬとも僅かな間でも彼の孤独を埋めてくれるなら今はそれでいい。 「そちらのマッシュポテト、如何ですか?」 「……美味い」 「それは様ございました」  最近セルジュは楽しそうに食事をする様になった。と言っても顔は相変わらず無表情なのだが。  ただこれまで何を食べても反応もなく味も分からないと言っていた彼がそんな感想を述べた事に嬉しく思う。  ベルノルトは笑んだ。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!