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庭に花を植えてみまして
リーリアはポケットから小さな麻袋を取り出し中身を出すと、それを土に埋めた。
結構前の話だが、最後に立ち寄った町で買い物をした時に店主からオマケだと花の種を貰った事を思い出した。
殺風景で寂しい中庭に花が一輪でもあれば大分印象が変わるかも知れないとベルノルトに許可を貰い植える事にしたのだが、今更ながら大切な事に気付いてしまった。
キュキュ?
「ぽてと……どうしましょう……」
日差しがないから育たない……。
「やっぱり、魔界に花を植えるなんて無謀だったのかも知れません……」
黒い暗雲を仰ぎ見てリーリアは項垂れる。
これまで毎日当たり前に太陽は登るものだと思っていた。なので意識した事はなかった。
だが今日の光の有り難さを実感している。
日の光が恋しい……。
「……あ! そうです!」
諦めきれずしゃがみ込んだまま暫く悩んでいたが、リーリアは閃いた!
かなり身近に光があった。正に灯台下暗しだ。
それから数日後には中庭に綺麗な花が一輪咲いていた。
たまたま通り掛かったセルジュに声を掛け、リーリアは花を自慢げに見せた。
「花か……」
「はい、とても綺麗に咲いてくれました」
日の光がないなら自ら光を作ればいい! との事で、リーリアは聖女の力を活用(無駄遣い)した。
無論日の光とはまるで別物だが、治癒能力のある光は予想以上に効果抜群で通常の何倍もの速さで育ってくれた。
意外な発見だと自分でも驚いている。
セルジュから言われた通り便利な力だ。
「花を見るのは初めてだ。魔界に花は咲かないからな」
セルジュの言う様に、魔界に花は咲かないが他の直物は生息している。但し人界では見ないものばかりだ。
初めて食事の支度をした時は目が点になってしまった。その理由は見た事もない食材ばかりだったからだ。
見た目が似ている物から本当に食べれるのか不安になるものまで本当に様々で、たまに人界から仕入れた馴染みのものが混ざっていたりもする。特に保存が効く芋類は食糧庫に大量に備蓄されていた。
マッシュポテトが好きなリーリアからしたら喜ばしい事実だ。
それに怪しげな食材も、この二ヶ月程毎日食べているが特に身体に異変は起きていないので問題はないと思う。しかも意外と美味しい。
「綺麗なものなんだな」
(あ、また笑ってくれました)
ほぼ変わらないが、セルジュの目が微かに細められたのが分かった。
他意はなかったが、こうしてセルジュが喜んでくれたので育てて良かったと思う。
「その力があれば魔界に、花畑でもつくれそうだ」
「それは素敵です!」
彼にしたらほんの軽口だろう。
だがリーリアは本当に作れたらいいと思った。
魔界は日差しもなく常にどんよりとしている。そんな中で暮らしていれば気持ちも沈み後ろ向きになってしまうだろう。きっと悪い心を助長する。
花はそこに在るだけで心を癒したり前向きにしてくれる。少なくてもリーリアはそうだ。
たかが花と言われればそれまでだが、何かが変わるかも知れない。
何時か魔界に花畑を作ると密かに決意する。
「セルジュさんは、人界には行った事がないんですか?」
「ないな。城を長い間空ける訳にはいかないしな。それに俺が気軽に人界に行くのはまずいだろう」
自分で聞いてみてなんだが、確かに魔王が気軽に人界に来られても困る。
彼が来る度に世界滅亡の危機に直面する事となり、人間の立場からしても怖過ぎる。
ただ最近ではリーリアの中でセルジュは良い人いや良い魔族と認識する様になっているので、問題ない様にも思ったりもする。
「でしたら、セルジュさんはずっと城に篭りっきりなんですか?」
「いや、たまに気晴らしに散歩には出掛けている」
「散歩……」
魔界を散歩とはリーリアからすれば気晴らしどころか、命が幾つあっても足らない。
想像して顔が引き攣ってしまう。
「リーリアも行くか?」
「え……」
まさか誘われるとは思わず返答に困る。
怖いもの見たさではないが、少し興味はある。行きたいような、行きたくないような……複雑な気分だ。
「無理強いはしない。だが不安に思う必要はない。お前は俺が守る」
その瞬間、心臓が跳ねた。
きっと彼からしたら深い意味はない筈だ。だが免疫のないリーリアは動揺してしまう。
真っ直ぐに見つめる紫色の瞳から目が逸らせない。
やはり綺麗だ……と見惚れてしまう。
「い、行きます! 私も連れて行って下さい」
気付いたら口が勝手にそう言っていた。
キュル、キュッ!
「ぽてと?」
「どうやら、此奴もリーリアを守ると言っているみたいだな」
「ぽてと……ありがとうございます」
小さな騎士に、頬が緩む。
その数日後、リーリアはセルジュに連れられ魔界を散歩しに出掛けた。
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