402人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
魔界でデートをしてみまして
「どうだ。最高の眺めだろう」
「た、高いですっ……」
雲に届きそうな程の高さに目眩がしそうになる。
数日前に約束した通り、リーリアはセルジュと共に散歩に出掛けていた。
散歩と言っていたので、てっきり歩いて行くものだと思っていたが、城門で待っていたのは漆黒の羽の生えた馬ーーペガサスだった。
名前はノックス、セルジュと同じ紫の瞳をしている。
セルジュ以外には懐かずとても気難しい性格らしいが、意外にもリーリアの事をすんなりと背に乗せてくれた。
「大丈夫だ。もし落ちても地面に届く前に拾ってやる」
(その前に、落とさないで下さい〜!)
お出掛けが嬉しいのか、ポケットの中から顔を出して上機嫌に鳴いているぽてとが羨ましい……。
景色なんて見る余裕はない。
リーリアは必死にセルジュの背にしがみ付く。すると彼は振り返り手を伸ばして来た。
それは一瞬の出来事で、気付けばセルジュの前に座っていた。
「え……」
「これなら問題ないだろう」
まるで後ろから抱き締められているかの様だ。それに背中がセルジュの体温で温かい。
今度は別の意味で目眩がしてきた。
暫く飛行していたが、ある場所で急降下して地面に降りた。
「魔界で一番大きな街だ」
「街……」
街の入り口にノックスを待たせ、セルジュに手に引かれるが、その前にマントのフードを頭に被せる事を忘れてはいけない。
セルジュを見れば彼も同様にフードを被った。
人間と魔王、どちらも正体がバレる訳にはいかない。見つかれば大変な騒ぎになるだろう。
街の中は意外にも普通だった。
そもそも街がある事に驚きだ。
(魔界にも街なんてあるんですね……)
それに人界と何ら変わらない。
沢山の建物に店先では買い物を楽しむ魔物達が往来を歩いている。
店先に並んでいる物も、衣服や雑貨、野菜や果物などの食べ物と様々だ。
見た目こそ違いはあるが、変わらない。
立ち止まり話し込んだり、食べ歩きをしている者もいる。子の手を引く親も、恋人か夫婦が寄り添い、友人同士談笑して……人間と同じだ。
「食べるか」
緊張しながらも興味津々で周りを見ていると、いきなり前に串焼きを出された。
見た事もない不細工な顔の魚に躊躇いつつも一口齧ってみる。
「美味しい!」
「俺にも一口貰えるか」
「‼︎」
「うん、美味いな」
(こ、こここれは正しく間接キスですか⁉︎)
頭がパニックになりながらも、交互に(たまにぽてとが割り込み)齧りながらどうにか食べ終えた。
恥ずかしさの余り途中から味が分からなくなってしまった。
「あの、先程のものはセルジュさんの好物なんですか?」
「いや、初めて食べた」
「へ……」
「美味そうだったから買ってみただけだ」
至って真面目に返す彼に、思わず笑ってしまった。
手を繋いで逸れない様に身体をぴったりと寄せて歩く様子はまるでデートさながらだ。
(これが噂のデート……)
何時か読んだ本にあった。
男女が手を繋いで買い物をしたりお茶をしたりするデート。
聖女であるリーリアには一生縁がないと思っていたが、密かに憧れていた。それが今叶ってしまった。
でもまさか、魔界でデートするなど思いもしなかったが……。
しかも相手は魔王だ。これが夢だとしても奇抜過ぎる。
「どうかしたか」
「ふふ、いいえ」
思わず笑ってしまったリーリアをセルジュは不審そうに見ているが、繋いだ手に少し力を込めると握り返してくれた。
その事が嬉しくて仕方がない。
その後も二人で店を見て周り、あっという間に時間は過ぎていった。
◆◆◆
「お帰りなさいませ」
小さく寝息を立てるリーリアを抱き抱え彼女の部屋へと向かう途中でベルノルトと出会した。
「デートは愉しめましたか?」
「……そんなんじゃない」
揶揄われるのが鬱陶しく、セルジュは足早に立ち去った。
どうせろくな事を言わないに決まっている。
案の定「手籠めにしてはいけませんよ」などと背中越しに言われた。
「んっ……」
ベッドにリーリアを寝かせると薄く開いた唇から声が洩れた。
行きはあんなに怖がっていたにも関わらず、帰りはノックスに乗ると気が抜けたのか直ぐに疲れて寝てしまった。
本当に変わった娘だ。
始めは気まぐれ、興味本位、或いは哀れみだったかも知れない。
仲間が戦いの最中一人だけ後ろで震えていたのかと思えば、仲間が倒れたった一人で立ち向かおうとして来た。
真っ直ぐに曇りのない琥珀色の瞳がセルジュを見据えた。
この世にこんなにも美しいものがあるのかと、目が離せなかった。
そんな時、彼女の仲間は逃げ出した。
きっとセルジュの注意がリーリアに向いた事でチャンスだと思ったのだろう。
別に追いかけてまで首を取ろうとは思っていなかったが、勇者はあろう事か仲間であるリーリアをワザと転ばせ囮にした。
その所為で彼女は強く頭を床に打ち付け負傷した。
魔族ではよく使う戦法だが、まさか人間でも使う者がいたとは。
あんなのが勇者と呼ばれているなど、人間も魔族と大差ないと呆れた。
セルジュは意識を失ったリーリアを助けた。
命を奪うまではしなくとも、あのまま城から摘み出しても良かったのだが無意識だった。
もう一度、あの美しい瞳を見たかった。彼女と話をしてみたかった。仲間に見捨てられた彼女を放って置けなかった。
あの僅かな時間で彼女はセルジュにそう思わせた。
「お前の主人は変わっているな」
キュル?
彼女に寄り添うぽてとにそう言うと首を傾げた。
このコウモリの事もベルノルトから話は聞いている。何でも仲間から虐められいるた所を助けたらしい。
まあ聖女というだけあって正義感は強いのだろう。
だがもしリーリアが聖女じゃなかったとしても、きっと彼女なら同じ事をするだろう。無論確証などないがセルジュはそう思う。
リーリアの亜麻色の柔らかな髪を撫でると、ふにゃりと笑った。
それだけで心が満たされる様に思えた。
最初のコメントを投稿しよう!