仲直りのお茶会を開きまして

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仲直りのお茶会を開きまして

 ドーナツ事件から数日ーー。  中庭の掃除を終えたリーリアは、庭の隅で座り込みぼうっとしていた。 「よお、嬢ちゃん」 「ルボルさん……」  相変わらず銀色のフサフサの毛並みに癒される。  ルボルはリーリアの隣に座ると尻尾を振る。 (やっぱり可愛いです)  ぎゅっと抱き付きたい衝動に駆られうずうずしてしまう。 「元気ないな」 「……そんな事、ないですよ」 「あれだろう? ドーナツ」  図星を吐かれ苦笑する。  ルボルに指摘された様に、リーリアはここ数日何をしていても気分が晴れない。無論原因はセルジュの事だ。  始めはドーナツを勝手に食べられてしまって感情的になり腹が立った。正直、発覚した時にちゃんと謝ってさえくれればリーリアも素直に許せたと思う。  だが彼は全く悪びれもせず尚且つご丁寧に食べた感想まで言ってのけた。  その後も何事もなかった様に話し掛けてくるので、リーリアもついムキになってしまい無視をしてしまっている。 「まだ怒ってんのか?」 「いえ……ただどうしたらいいのか分からないんです」 「まあ確かに、あれはセルジュ様が悪い。嬢ちゃんが謝る事ではないしな」 「……」 「ほらよ、これでも食って元気出せ!」  よく見ると首から巾着袋を下げていた。  彼はそれを咥えるとリーリアに差し出す。 「これは、えっと、干し肉ですか?」 「俺の非常食だ! 遠慮すんな!」 「ふふっ、ありがとうございます」  思わず吹き出してしまった。  リーリアはルボルの気持ちが嬉しくて思いっきり抱き付く。   「もふもふです〜」 「お、おい! 破廉恥な事すんな‼︎ げッ‼︎」 「?」  身体をブンブンと振るルボルは、いきなりある方向を見て叫んだ。  不審に思いリーリアも視線を向けると……。 「セルジュさん……」  冷たく刺す様な視線に益々リーリアはルボルを抱く腕に力を込める。  彼は暫し無言で立ち尽くしていたが、踵を返し行ってしまった。 「ち、ちち違うんだぁ〜! これは誤解だ〜セルジュ様〜‼︎」  その後、リーリアはルボルに破廉恥だと説教をされた。  更に数日後ーー。  リーリアは朝から部屋で暇を持て余していた。その理由は昨夜突然ナータンから「明日は休みで」と言われた。  普通なら喜ぶべきなのだろうが、正直やる事がない。 「ぽてと、何かしたい事はありますか?」 キュ?  リーリアの膝の上でゴロゴロしていたぽてとは不思議そうに見上げてくる。 キュキュル〜。 「ふふ、分かりませんよね……。はぁ……」  やる事がないと余計な事を延々と考えてしまい、ため息ばかりが出てしまう。 「ねぇ、ぽてと。セルジュさんとどうしたら仲直り出来るでしょうか……」  今となってはドーナツくらいで大人気ないと思うし、やり過ぎだと反省している。ただどうしてか素直になれない自分がいる。  それに数日前、ルボルと一緒にいた時にセルジュと遭遇したが睨まれてしまった。あれから彼とは顔も合わせていない。 (あの時のセルジュさん、少し怖かったです……)  初めて出会った時とは違うが、冷たい目をしていた。嫌われてしまったのかも知れない。 キュル……。 「謝ったら許してくれるでしょうか……」  リーリアはぽてを胸に抱き瞳を閉じた。  彼と仲直りしたいーー。 「失礼します。リーリアさん、少し宜しいですか?」  どれくらいそうしていたか分からないが、暫くしてベルノルトが部屋を訪ねて来た。  ベルノルトについて行くとそこは厨房だった。  ガチャガチャと音が聞こえる。  リーリアは中には入らずに覗き込んでみると、何故かセルジュとナータン、ルボルもいた。   「あぁ! セルジュ様、まだ早いです! もっと黄金色になるまで揚げて下さい」 「そ、そうなのか……難しいものだな」  大きな鍋の前でトング片手にセルジュは悪戦苦闘していた。 「アチッ‼︎」 「ルボル様! つまみ食いなさらないで下さい!」  その側ではルボルが皿から何かを盗み食いして、ナータンに注意を受けている。 (これは、一体……)  訳が分からず呆然としていると、ベルノルトがくすりと笑った。 「さあ、リーリアさん。中へどうぞ」 「はい……?」  戸惑いながら彼の言葉に従う。  するとリーリアに気付いたセルジュは目を見張り、慌てて鍋を背に隠した。 「これは、そのだな……」 「ドーナツ……」  作業台には既に出来上がっていたドーナツが置かれているのが見えた。 「リーリア、あの時は勝手に食べてすまなかった……。悪気はなかったんだ。それで、全く同じ物ではないが、これで許して欲しい……」  何時もの威厳が嘘の様に、項垂れて謝罪をするセルジュにリーリアは目を丸くする。  一体誰が想像するだろうか。  魔界に君臨する魔王がドーナツを揚げている姿を……。 「ふ、ふふっ」 「リーリア?」 「セルジュさんがドーナツを作られたんですか?」 「あー、その、ナータンに教わりながらだがな」  セルジュはバツが悪そうに答える。  リーリアはつまみ食いしているルボル同様、皿の上のドーナツを一個摘むと齧り付いた。 「美味しい!」 「そ、そうか……」  揚げたて熱々、甘さは控えめで素朴で優しい味がする。  味も文句なしに美味しいし、何より彼が一生懸命作ってくれた事が嬉しい。  安堵した様な表情を浮かべるセルジュに、リーリアはドーナツを小さく千切って差し出した。 「セルジュさんも、あ〜んして下さい」  その場に一気に笑いが起きるが彼は素直に口を開ける。  冗談のつもりだったのだが、後に引けなくなり口まで運んだ。すると手を引っ込める瞬間、指に舌が触れたのが分かった。 「っ‼︎」  恥ずかしさに声も出なくなり、口をぱくぱくしてしまう。  彼を見れば目が合った瞬間、ニヤリと笑った。 (絶対、ワザとです‼︎)  その後は皿に山積みにされたドーナツを囲み、皆でお茶をした。  リーリアは気が済むまでドーナツを食べる事が出来大満足だ。  ただルボルと競う様に食べたので少し食べ過ぎてしまってお腹が重い……。 「セルジュさん、ありがとうございました。それと、私もすみませんでした……」  彼がここまでしてくれたのに、ずっと意地を張っていた自分が恥ずかしい。  お茶の後、戻ろうとするセルジュを呼び止め頭を下げた。 「いや、今回の事は俺が悪い。リーリアは悪くないんだ。だから謝らないでくれ。それより、リーリア」 「?」 「俺の事も、ぎゅっとしてくれないか」 「へ……⁉︎」  一瞬何を言われたのか理解出来ず、変な声が出てしまう。 「ルボルには、していただろう?」 「え、はい、そうなんですけど……」  正直、ルボルを引き合いに出されても困る。  確かにルボルは獣人ではあるが、リーリアからすれば可愛い犬同然で、言うならばぽてとと同じだ。  但しこんな事本人には口が裂けても言えないが……。また説教をされそうだ。 「俺は、ダメなのか」  至って真面目に話す様子から、とても冗談を言っている様には見えない。  しかも心なしか悲しそうに見える。  困り果てて周りに助けを求めるが、皆目を合わせてくれない。なんならベルノルトなど「あーそうでした。用事を思い出してしまったので、私はこれで失礼しますね」と棒読みで言い出して逃げ出す始末だ。 「し、失礼します……」  諦めたリーリアはおずおずと手を広げた。するとセルジュは自ら身体を寄せてくる。  そんな彼がとても可愛く思えた。 「リーリア」  セルジュは前かがみになりリーリアを抱き締める。  その所為で、身長差があり小柄なリーリアは身体が反り爪先立ちになってしまう。  こんな所で抱き締められ恥ずかしくて仕方がないが、その反面心地良くて離れたくなくなる。  逞しい彼の腕に抱かれながら鼓動が速くなるのを感じた。  心臓が破裂しないか本気で心配になってしまった。
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