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10.魔王の首を用意するのも癪です
思いがけず再会した主君は面妖な状況に陥っていたが、無事を確認できた。霊力を使ったというから、魂に大きな傷もなさそうだ。後は帰ってきてもらう準備を整えるだけだった。
まず、申しつけられたチョコレートの購入だ。黒くて四角くて、甘くて苦いらしい。小竜を使いに出そうか。いや、人間は凶暴だ。危険が伴う可能性もあるので、別の竜に頼もう。
私は主君に命じられた、勇者に渡す竜の首を探さなくては。アザゼルは融通の利かない真面目さがあった。普段は長所なのだが、今回は悪い方へ働いた。
「首……首、いっそ魔王の首を落としておいてきましょうか」
魔王が人族と揉めたせいで、我が君が迷惑を被ったのです。責任を取らせましょう。いや……魔王の首を落とすのは造作もありませんが、人族の手伝いになるのも癪ですね。
すぐに考えを改めた。魔王退治でせいぜい苦労すればいい。そう思ったところで、いい考えは浮かばない。本物は死守するとして。都の外まで考え事をしながら歩いた大型犬は、街道沿いの丘の上で本来の姿に戻った。そう、都のすぐそばに黒竜が出現したのだ。
街道を使う商人が慌てて隠れ、都の門を管理する兵に目撃され、大騒ぎになった。当然、王城へ報告が走る。目撃情報多数ながら、アザゼルは平然と都に背を向けた。
人族自体が好きでないものの、主君の命令に反して絶滅させる気はない。勇者は許せないが、この都にいないのだ。今はアクラシエルを宿した幼子もいる。忠実すぎるドラゴンは、命令を果たすために飛び去った。
「あれは騒ぎが大きすぎる……チョコレート食べたい」
幼い声で大仰な話し方をした後、ぽつりと要望が溢れでる。大型犬を見送った若君を、侍女達が慌ただしく部屋へ誘導した。空を舞う黒竜の姿は、この屋敷からでも十分見えた。職務に忠実な彼女らに促され、アクラシエルは母の部屋に入る。
「おいで、シエル」
「お母様」
てくてくと走って抱きつく。ベッドの上の住人である母レイラは、大きく手を広げて受け入れた。幼子がドラゴンに怯えていると思ったのか「私のそばなら安心よ」と囁く。
侍女がアクラシエルの呟きをそっと耳打ちした。ふふっと笑ったレイラの指示で、チョコレートが用意される。運ばれたチョコレートは、四角ではなく球体だった。
「あーんして」
言われるまま口を開けたアクラシエルは、転がり込んだチョコレートに目を輝かせる。先日とは味が違う。中に甘酸っぱい果物が入っているらしい。両手で頬を包んで「ほぃひぃ」と目を閉じた。じっくり味わう。
何万年もこの世界を守ってきて、どうしてこんな美味しい物を知らなかったのか。極上の甘味を舌で溶かして味わい、ほろ苦さの余韻を楽しみながら目を開けた。
「美味しかった?」
「はい、とっても!」
この甘味を食べさせれば、同族の竜達も人族を認めるかもしれないな。今滅ぼしてしまえば、二度と食べられない。そうだ、チョコレートを供えるよう神託を出してもらうのはどうか! いい考えだと自画自賛し、アクラシエルは頬を緩めた。
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