05.必死すぎるのが怖くて応えられない

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05.必死すぎるのが怖くて応えられない

 はてさて、どうしたものか。竜王アクラシエルは困り切っていた。一時的に憑依した子が、目覚めないのである。幼い体から離れたら、すぐに死んでしまう。せっかく助けたのに、それは忍びないと幼子のフリを続けていた。 「おいで、シエル」  同じ名前の響きなのがいけないのか。母が助かったと知ってから、幼子は徐々に眠る時間が増えた。母であるレイラに呼ばれ、笑顔で駆け寄る。この辺は条件反射なので、特に考えなくても体が動いた。  どの種族もそうだが、産んでくれた母には無条件で親愛の情を向ける。母から与えられる無償の愛を受け取りながら、魂は成長するのだ。 「お母様」  魂が抜ける寸前だった影響か、レイラは歩けなくなった。体を動かそうとする魂の指令が、うまく伝わらない状況だ。もっと霊力を扱える体なら、完全治癒も可能だが……現在はこれが精一杯だった。両手を見つめ、触れるたびに少しずつ霊力を与える。 「ありがとう、シエル。無理をしないでね」 「はい、お母様」  事故の直後、アクラシエルが治癒を行える事実が発覚し、父モーリスは慌てて護衛の騎士に口止めをした。幼い跡取り息子が神殿に奪われる心配をしたのだ。  その辺の事情を察してしまい、言われるまま使わないようにした。母親のレイラにだけは、二人きりの時を条件に使用している。母が元気になれば、シエルの名を持つ幼子も目覚めるだろう。  軽く考えながら、時折届く切ない声に溜め息を吐いた。いま応えたら、間違いなく全員飛んでくる。それも周囲への影響や迷惑を一切考慮せず、街や都を破壊し尽くす。未来が予測できるから、簡単に応えられないのだ。  今回の勇者による竜王殺害事件で、ドラゴンの人族への印象は最悪だった。その人族の体に間借りしているとバレたら、この子は引き裂かれてしまう。我が魂を取り出すためだけに、躊躇なく殺されるのが分かっていて、返答はできなかった。  霊力を注いで反応を確かめ、ベッド脇の椅子に登る。落ちないよう気をつけながら這い上がれば、母が手を差し伸べた。  うむ。こういうのも悪くない。ドラゴンも子育てをするが、何しろ二百万年は前の出来事だ。アクラシエルは母親の記憶がほぼなかった。  温かさに守られた覚えはあるし、餌を貰ったことも思い出せる。だが母竜が何色だったのか。父竜はどうしたのか。まったく分からない。アザゼルを含め、何匹か育てたので親側の気持ちは理解できるのだが。  頭を撫でる母レイラの手が心地よくて、椅子の上からベッドに飛び移った。驚いた顔をしたあと「危ないわよ」と受け止めてくれる。豊かな胸に顔を寄せ、柔らかな腕に包まれると、幸せな心地になった。 「お母様が無事でよかった」 「あらあら。急に大人びて……なんだか寂しいわね」  どうやらシエルは、まだまだ幼さを全面に出していたらしい。同じように振る舞うのは無理だが、体を返した時に違和感がない程度には調整しよう。  考えをまとめる前に、幼い体は休息を求める。使った霊力など爪の先ほどなのに、この体には負荷だった。 「失礼するよ、レイラ。ああ、シエルも……眠ったのかい?」  父の声が聞こえるも、動くのが億劫で寝たフリを続行する。その頭の上で、思わぬ人物の名が出た。 「勇者様のパレードだが、中止になりそうだ。魔王の首を落としたというが、天変地異が続く上、各地で魔族や魔物の目撃情報が増えている。勇者様達は、もう一度旅に出るかもしれないな」 「大変なお役目でしたのに、二度目だなんて。お気の毒ですわ」  聞いていられたのはここまで。そこでアクラシエルの意識は、幼い体に引き摺られて眠ってしまった。
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