07.チョコレートの魅力に勝てぬ

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07.チョコレートの魅力に勝てぬ

「どうしたものか」  呟いて、小さな両手を見つめる。体内で感じていた幼子が、消えそうだった。どうやって魂を留めたものか。すでに禁術を適用したため、これ以上力を加えたら砕けてしまう。  じわじわと弱る幼子の魂を心配するアクラシエルに、母親であるレイラの無事を祈るシエルの気持ちが伝わる。もう少し多めに霊力を注ぎ、母が立ち上がれば幼子も回復するのでは? そんな期待を抱いた。  勇者一行が旅立つと聞き、父に抱き上げられて見に行った。沿道は人で埋め尽くされ、期待の声がかかる。これほど一方的に期待を背負わせたら、人など潰れてしまうのではないか? 気の毒なことだと思いながら、手を振って見送った。  戻った屋敷は大きく、父モーリスが貴族なのだと知る。そういえば屋敷内に、使用人がたくさんいた。人族は一括りに考えていたため、銀竜は初めて知る情報に目を輝かせる。  日々の暮らしに必死な農民や猟師、金と品物を動かして稼ぐ商人、支配階級の王侯貴族がいる。その他にも勇者のような別枠がいて、似たような分類で冒険者とやらも知った。これは物知りなアザゼルでも知らないはずだ。ちょっと自慢したくなる。  屋敷の庭で、父母とお茶を飲んだ。この経験も初めてだ。歩けないレイラを、モーリスは抱き上げて運んだ。椅子に座って待つシエルの前に、甘い菓子が並ぶ。これは食べられるだけ食べていいのか。手に取り食べるも、小さな体の小さな胃袋は予想外だった。  一口二口で、満腹感が押し寄せる。全種類制覇したいし、ぱくりと丸呑みしたかった。だが幼子には無理な話のようだ。アクラシエルはがっかりしながら、目の前の赤いお菓子を齧った。甘酸っぱいのは、果物だろうか。 「シエルったら、溢してるわ」  笑いながら母レイラが手を伸ばす。素直に頬を拭いてもらう間に、モーリスが赤いお菓子の残りを食べた。代わりに黒い小さな四角が置かれる。これも菓子なのか。アクラシエルは口に運び、一気に頬張った。  甘い! 苦いけど、うまい! 初めての味に大興奮し、頬を両手で包む。 「気に入ったのね。チョコレートというのよ」 「シエルは甘い物が好きだからな。取り寄せたんだ」  レイラとモーリスの言葉に大きく頷くが、まだ口の中は黒い菓子で満ちていた。なんとも言えない複雑な味わいだ。これはさぞ大きな宝石と交換したのだろう。自分の巣に溜め込んだ宝石を思い浮かべ、アクラシエルは幾つ買えるだろうと計算を始めた。 「可愛いわ、シエルが無事でよかった」  自分の足を悔やまず、事故を恨まないレイラの発言に、モーリスは眉尻を下げた。 「あの事故も、異常気象の影響だろう。魔王を倒してから、ずっと雨が止まないからな」  見上げた空は日差しが明るいのに、しとしとと泣いている。悲しむ誰かの涙に似た雨は、半年ずっと振り続けていた。  アザゼルでは、皆を宥められなかったか。アクラシエルも空を見上げ、子どもらしからぬ溜め息をつく。そろそろ連絡したいが、シエルの魂が消えそうだ。どうしたものか。普通に考えれば、回復するはずなのに。  抜ければ死んでしまい、両親を悲しませる。きっとレイラは衰弱し、後を追うだろう。そうなれば、モーリスも悲しむ。もしかしたら命を絶ってしまうかもしれない。人族は精神を病むと、すぐに悲しい決断をする生き物だからな。  繊細なのだ。あれこれ迷いながら、ふと気づいた。アザゼルだけをこっそり呼び寄せ、相談してみよう。この体から出るための、シエルの魂を元気にするための、知恵を借りればいい。奴は他種族への知識が豊富だ。なぜ思いつかなかったのか。  街を壊されるから呼ばなかった事情をすっかり忘れ、竜王はアザゼルを呼び出す決断をした。その前にもうひとつ、黒いチョコレートを口に放り込む。うむ、これは竜に戻っても、アザゼルに買いに行かせよう。
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