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09.目立たない姿で会いにきました
目の前でお座りしているのは、大型犬だ。いろいろ迷った結果、誰かに目撃されても構わない動物の姿を選んだ。静かに来いと言われたことを、最後の最後で思い出せたアザゼルは、ふさふさの尻尾を大きく振った。
「ああ……その、なんだ。まあいいか」
注意するか迷ったアクラシエルも、あまりに嬉しそうなアザゼルの尻尾を見たら、何も言えない。半年近く放置したこともあり、罪悪感が今頃になって芽生えた。
くーんと鼻を鳴らした大型犬を愛でる振りで、顔を近づける。庭にいる幼子を、微笑ましそうに侍女達が眺めていた。犬が好意的なので、安全だと踏んだのだろう。なぜか首輪も付いていたので、誰かの飼い犬と判断したのかもしれない。
「アザゼル、首輪はどうした?」
「霊力で作りました」
平然と答えるあたり、人族の生活を理解していないアザゼルだ。犬は人の言葉を話さないというのに。仕方なく、今度は心話を使った。
『犬が話すと目立つ。それより、ここ最近の天変地異だが……』
『アクラシエル様が消えてしまったので、皆が落ち着かないのです』
やっぱりそうか。ふかふかの毛並みを指先で堪能しながら、幼子は考え込んだ。このまま戻らねば、人族が滅びてしまうな。気候がちょっと変化しただけでも、簡単に死んでしまう脆い種族なのだ。ここまで守護してきたのに、今さらぶち壊しはごめんだ。
『この体の持ち主が、なぜか弱っている。理由がわかるか? このまま出れば、この子が死んでしまう』
アクラシエルの言い分に、アザゼルは溜め息を吐いた。優しく気のいい主君は、この体の持ち主に絆されたらしい。偶然憑依しただけだろうに……別に死んでもいいのでは? ドラゴンの魂を寄り付かせた時点で、かなり弱っていたと思われる。
素直にそう話せば、アクラシエルは怒り出すだろう。長い付き合いで理解しているアザゼルは、きちんと観察してから答えを出した。
『霊力を放出しませんでしたか?』
『この子の母親の治療に使った』
『原因はそれです』
丁寧に説明する。竜の魂は大きいので、憑依の瞬間に本来の魂が押し出されるのは珍しくない現象だった。その状態で霊力を振るえば、体は霊力に馴染んでいく。一人一人に指紋や波長があるように、霊力にも波紋があった。
波紋が体に馴染めば、違う波紋を持つ元の魂が戻りにくくなる。圧倒的な強さと霊力を誇り、常に倒されることなく過ごした主君はそんな事情は知らなかった。だが、母を治してやろうとするたびに、幼子が弱ったことと重なる。
『なるほど、さすがはアザゼル。物知りだな』
『あなた様が、他に興味を示さな過ぎるのですよ』
呆れたと付け足すアザゼルの頭を、よしよしと撫でた。ドラゴンの頃からよく行った習慣だ。素直に頭を下げて撫でられる元養い子に微笑み、アクラシエルは唐突に切り出した。
『このシエルという魂を傷つけず、母親を癒して、俺が抜け出す方法を考えてくれ』
『はぁ……面倒ごとばかり押し付けて。いつもそうでしたね、掃除は嫌だとか、後始末をしといてくれだとか』
文句を言いながらも、アザゼルは嬉しそうだった。尻尾が左右に大きく振れて止まる気配がない。
『ではまた後日……』
『皆にバレるなよ。あ、それと……勇者が俺の首を探しに旅だったから、渡してやってくれ』
「はぁ?!」
犬の姿であることを忘れ、アザゼルは叫んでいた。
「何言ってるんですか! あなたの首な……もごっ」
両手で幼子が口を押さえ、周囲を見回す。それから睨みつけてきた。
『大騒ぎするな、偽物でいい。それと魔王の動向も知りたい』
『承知しました』
不満そうに踵を返す犬姿のアザゼルへ、アクラシエルは思い出したように付け加えた。
『そうそう、チョコレートを買うのを忘れるなよ』
『どこで売ってるんですか、それ』
黒くて四角くて、こんな感じ。イメージを伝えるが、うまくいかない。結局、チョコレートは後日となった。
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