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I
英未知子は右目に眼帯、そして左足にギプス処置をされている。リハビリの期間なので、できればなるべく歩くようにしてください、と病院で言われていた。
日曜日、電車で数駅の繁華街で、未知子は夏物の服や、書店で新刊のまんがなどを買い、下りの電車が混まないうちに帰路へついた。
──やっぱり疲れちゃうな。
と思いながら松葉杖を自分の横に立てかけ、向かい側のシルバーシートの窓から流れてゆく風景をぼんやりと眺めていた。
自分の姿も車窓に映っている。院内服をついこのあいだまで着ていたため、近所のファスト・ファッションのお店で買った半袖ワンピースがなにか新鮮な気がした。
「でもこれで、毎日登校なんてできるのかな……もうすぐ夏休みとはいえ……」
未知子はほとんど貸し切り状態の車内で呟いた。
担当の医師は、そもそものきっかけ、自動車事故が精神的なダメージとして残っているかどうかを気にかけてくれている。自動車を見ただけで、脳の扁桃体が興奮し、それが強い不安を呼び起こすのではないか、と。
隣の車両からドアをスライドさせる音がした。
未知子は邪魔にならないよう、松葉杖を立てかける角度を上げる──事故のことを思い出しながら。そして足を正面にではなく、斜めにして、人様に迷惑をかけないように。
──いや、思い出しちゃだめ! と思っても遅く、思い出せば思い出すだけ恐怖と不安が真夏の積乱雲のように未知子の頭を支配してしまう。
未知子が乗っている車両のドアが開く音──。
事故は、英家側になんの落ち度もない一方的な事故だった。駐車場から酒気帯び運転の車がバックで道に出ようとし、間違えて急加速し、未知子たちの乗る車に横からかなりのスピードで衝突したのだった。
幸い、両親は無事、未知子もかなりの怪我をしたものの、すぐに病院へ搬送されてことなきを得た。
「邪魔だ! 危ないじゃねえか!」
怒鳴り声がした。
邪魔にはなってないはずだが、お酒の缶を持って入ってきた、見たところ、初老の男がふらつきながら未知子を睨みつけている。
とっさにごめんなさい! と未知子は謝ったが、斜めにしている左足のギプスも揃えて置いている松葉杖も邪魔ではないはずだった。
それを震え声で説明すると、初老の男性はよけいいきり立った。
「このクソガキ」
そう吐き捨て、未知子のギプスを蹴った。
きゃあ! と未知子は悲鳴を上げた。
やめてください、と叫ぶよりも悲鳴のほうが効果があったのかもしれない。それなりにいる乗客の注目を集められたから。ただ、誰も助けに来てくれない。
初老の男性はまた未知子の足を蹴った。
そのときだった。
「やめろよ、クソジジイ。怪我人の女の子を蹴るなんで最低のカスだな、おい」
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