洞穴魚(どうけつぎょ)

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「これはなかなかの発見だなあ・・。」 尋(ひろし)の所属する研究室の先輩が、思わず唸った。先日の採集調査にいった際、尋が見つけてきた魚の入った小さなケースを手にしながら、先輩は何度もその魚を見返した。 「これ、何処で見つけたんだ?。」 「はい。先日調査にいった川の上流です。」 「でも、あの辺りは開けた森林地帯で、石灰岩の地層は無かっただろう?。」 尋達が調査にいったのは、赤道付近にある小さな島々が点在する場所だった。普通、火山活動で出来た島には、雨水によって浸食されて出来る鍾乳洞は無いとされていた。しかし、 「調査の最終日に、ちょっと森の奥へいった所に、岩盤が脆い所があったので、軽く岩を叩いてみたら、其処がボコって凹んだんです。で、丁度、人一人分ぐらい通れる穴が空いたので、そのまま入って見たんです。」 「へー。すると、その奥が、石灰岩の洞窟になってたって訳か?。」 「うーん、よくは分かりませんが、湧き水のような小川が流れていて、水は外の川よりは随分と冷たかったですね。」 尋達が話していると、 「やあ、お帰り。何か収穫はあったかい?。」 と、若手の准教授がやって来て、早速、尋達が持ち帰ったサンプルを眺めだした。 「先生、これなんですが・・。」 そういうと、先輩は例の魚が入ったケースを准教授に手渡した。 「ほー。これは、洞穴魚だなあ。」 その魚は、形こそ普通の外観をしていたが、閉ざされた洞窟で何前年、いや、何万年と暮らしていたせいか、全身は真っ白で、目は退化していた。まるで鶏のササミのような不気味な姿だった。 「これを、尋君が発見したっていうのか?。」 「はい。」 先輩は、尋に聞いた話をそのまま准教授に伝えた。 「うーん、見た目はあの地域にいる魚に似ているが、でも、あの辺りに洞窟が出来るような地質は無かったはずなんだが・・。」 そういうと、准教授は書棚から図鑑を数冊取り出して、パソコンの横に置いた。そして、尋が調査にいった場所で採集されるであろう魚類のページを開くと、ケースの魚と見比べた。それでも納得がいかないと、こんどはそれらしい学名をパソコンで検索し始めた。 「やっぱり、ちょっと違うなあ・・。」 准教授はブツクサいいながら、図鑑と画面を往復しつつ、尋が持ち帰った魚の正体を調べようとした。そして、 「尋君、すまんが、これを採集してきた場所を、詳しく教えてくれないか?。」 と、准教授はその辺りの地図を広げながら、尋にたずねた。 「はい。えーっと、確かこの辺りまでが河川で、其処から沢を登って上流の脇道に入っていった所に、急に穴が空いて・・、」 尋は可能な限り、詳細を思い出そうとしたが、何せ思いつきで行った場所だったのと、地図には記載されていないような所だったので、上手くは説明出来なかった。 「じゃあ、この辺りに洞窟があったというんだな?。」 「多分・・。」 尋がそう答えた時、 「ああ、お帰り。初探検は楽しかったかね?。」 と、白髪の教授がやって来て、尋を出迎えた。 「あ、こんにちわ。はい。とても楽しかったです。」 「やっぱり、フィールドワークは楽しいからなあ。」 そんな風に二人が話していると、いつの間にかモニターが別画面に切り替えられて、開かれていた何冊もの図鑑が仕舞われていた。そして、 「あれ?。」 と、尋が辺りを見回すと、さっきまであった魚の入ったケースが姿を消していた。そして、准教授が何事も無かったかのように、教授と話し出した。その場に先輩の姿は無く、暫くして、出口から先輩が戻ってくると、准教授は先輩に目配せをしながら、何か合図を送っていた。尋はその様子を、何だか奇妙だと思い、 「先輩、さっきの魚は?。」 と、少し小さな声でたずねた。 「ああ。あれなら、隣の部屋に運んだよ。あっちの方が涼しいから。」 先輩は、魚をケースごと、准教授の部屋に運んだと話した。確かに、洞窟から持ち帰った魚が、夏の暑さで参ってしまう前に冷房の効いた場所に運ぶのは賢明だったが、それにしても、タイミングが妙である。そんなに珍しいサンプルなら、教授を含め、みんなで観察しつつ、検証すべきではないか。尋はそう思った。しかし、 「で、今回の調査は、どんな感じだったかね?。」 と教授が訪ねると、 「まあ、概ね予想していた通りのサンプルが獲れたって感じのようです。」 「そうか・・。ま、そうそう、大発見は出ないからなあ。」 助教授の言葉を聞いて、教授は再び自室に引き上げていった。そのやり取りを、尋は何故か聞いてはいけないものだと感じると、特に用事も無いのに、下の戸棚に採集道具を片付ける振りをして、出来るだけ准教授と目を合わさないようにした。すると、准教授が尋の横に並んでしゃがんできた。そして、 「尋君、さっきの魚、暫く借りてていいかな?。色々と調べてみたいんだ。」 そういいながら、尋の方に手を置いた。そして、尋の反対側には、先輩も一緒にしゃがんでいた。 「あ、はい。」 尋は二人に挟み撃ちにされながら、まるでそういうより他に無いといった状況で、必然的にそう返事をした。  翌日から、尋達は持ち帰ったサンプルや道具の後片付けは整理に追われたが、その合間を縫って、尋は例の不思議な魚を世話するために、日に一、二度、准教授湯の部屋に出入りした。勿論、許可を得てのことだが、魚のサンプルは持ち帰る際、大抵はホルマリンやアルコールで固定をする。しかし、あまりに珍しい個体や、手荷物程度で輸送が可能な場合、僅かに生きたまま持ち帰ることが許可された。そんな中に、今回、尋が見つけた洞穴魚も含まれていた。研究者達は、固定されて死んだサンプルを研究するのが主な仕事だったが、子供の頃から生きた魚を飼ったり扱ったりするのになれていた尋は、研究室では重宝されていた。 「それにしても、お前、欲こんな姿で、今まで生き延びてきたよなあ・・。」 魚は太古の昔、海で発生し、その後、川を遡って淡水に生息域を広げていった。そして、その殆どが太陽光降り注ぐ元で、植物プランクトンから動物プランクトン、そして、それらを食べる小型の魚類、さらにはそれらを食べる大型の魚類といった具合に、地上の大部分ではそのような生態系が築かれていた。そんな中、何かの拍子に、自然に出来上がった光の届かない鍾乳洞や洞窟の中に紛れ込んだ生物が、明るい地上とは正反対に、真っ暗な環境で辛うじて生き延びることが出来た。勿論、光が届かない分、植物の恩恵に肖ることは出来ない。暗闇の中で、僅かに生きている小さな生物を餌としながら、そのような環境に適応して生き残った、極めて来稀少な存在であった。 「どうだ?、尋君。洞穴魚は順調かな?。」 「あ、はい。今のところは。」 「そうか。大事なサンプルだから、是非とも頼むぞ!。」 一瞬、部屋に戻ってきた准教授だったが、尋に一声かけると、直ぐさま出ていった。研究者の道は狭き門。何とか教官として大学に潜り込むことが出来ても、そのさらに上を目指して、一つでも多くの業績を上げる必要があった。准教授は、その真っ直中にあった。しかし、 「みんな、忙しないなあ。お前みたいに、ゆっくりと、必要な物以外、全て捨て去ったら、さぞかしシンプルで清々しいだろうにな。」 尋は卒論や就活で慌ただしくしている周囲の学生の中にあって、極めてマイペースな存在だった。事実、決められた最終調査の時も、一人だけルートを外れて、スケジュールとは異なる行動を取ることが多かった。その結果が、目の前の魚の発見であった。 「おい、尋。ぼさっとしてないで、ゼミの用意を手伝えよ。」 同級生がドアの隙間から顔を覗かせると、尋にいった。 「解った。今いくよ。」 そういうと、尋は魚に手を振って、仕方なさそうに部屋を出ていった。ゼミでは、担当の学生が持ち回りで決められ、それに当たった学生は最近読んだ論文や、自らが行っている実験についての報告を行う必要があった。尋の研究室のメンバーが小会議室に集うと、 「では、これよりゼミを始めます。」 上座には教授が座り、その横に准教授が座って、司会を務めた。そして、担当の学生は、一週間程かけて用意したスライドをスクリーンに映しながら、レポートを読み上げつつ、プレゼンを始めた。 「えー、以上のことから、この魚が生息する地域では、環境の変化が生殖周期に影響を及ぼしているのでは無いかという傾向が・・、」 担当の学生がそう発言しかけたとき、 「その環境の変化というのは、具体的に、どのような物質が流入したりしてるんだ?。」 早速、准教授の厳しい指摘が飛んだ。 「あ、はい、それは・・、様々な化学物質が・・、」 「一口に化学物質といっても、無数にあるよ。全て検査するのは不可能だとしても、最近のデータで、何が検出されたかぐらいは、ちゃんと調べてたら解るんじゃ無いのか?。」 矢継ぎ早の指摘に、学生は閉口した。 「じゃあ、仕方が無いなあ。次のゼミまでに、少なくとも何が流入していたかは、調べておくように。」 准教授はそういうと、次の担当学生を指名した。所が、 「すいません。ちょっとお腹の具合が・・。」 学生はそういうと、急に会議室を飛び出していった。 「また逃げだよ・・。」 同級生が口々に詰った。すると、 「じゃあ、仕方が無い。尋君。簡単でいいから、今回の採集調査について、何でもいいから感じたこととかを話してくれないか?。」 と、急に尋が指名された。本来、尋が発表する回では無かったため、彼は何の準備もしていなかった。 「え?、ボクですか?。」 と、尋は驚いたが、出ていった学生は戻ってくる気配が無かったため、何の準備も無いまま、尋は仕方なくホワイトボードの前に立って、プレゼンを始めた。 「えー、今回の採集ポイントは事前に決められていたため、サンプリングはスムースに済みました。獲れた生物は・・、」 尋はそういいながら、採集された魚とその学名、それと、簡単なイラストをサッとボードに描いた。 「へー、上手いな。」 教授以下、参加者全員が、尋の隠された才能を見ることとなった。そして、 「予定されていた地点での採集はこのような結果でしたが・・、」 そういいかけたところで、 「尋君、有り難う。」 と、准教授は半ば強引に、プレゼンを中断させた。  尋は先輩の方を見た。すると、彼は黙って尋を見つめたまま、静かに首を横に振った。それ以上、余計なことは喋るなといった具合だった。教授は、其処で行われた無言のやり取りに、一瞬違和感を感じた様に見えたが、特に口出しすることは無かった。ただ、 「で、尋君。採集にいってみて、どう思ったかね?。」 とだけたずねた。 「はい。人間のいない自然の中に、生き物たちが静かにいる様子が、何ともよかったですね。」 尋がそう答えると、 「そうかそうか。」 と、教授は目を細めて笑った。そして、ゼミが終わると、尋は助教授の部屋に呼ばれた。 「コンコン。失礼します。」 いつも鍵は開いていて、魚の世話をする時には勝手に入っていたが、今日は律儀にノックして入出した。 「おお、尋君。まあ、かけてくれ。」 そういうと、助教授は尋をソファーに誘って、インスタントコーヒーを入れて、差し出した。 「あ、すいません。」 助教授は白衣の裾をまくし上げて、尋の斜め向かいに座った。そして、 「キミが採ってきた例の魚、あれ、どうやら、かなり貴重なものかも知れない。いや、ひょっとしたら、未記載種かもな・・。」 尋はコーヒーを飲もうとしたが、その手が止まった。 「え?、ってことは、新種ってことですか?。」 驚きで、声が少し大きくなった尋を、准教授は口の前に人差し指を立てて制した。 「シーッ。まだ解らないがね。DNAの鑑定もしてみなきゃだけど、キミが入る前、その洞窟は誰も入った形跡が無かったんだろ?。」 「はい。」 「じゃあ、まるで其処は、前人未踏そのものじゃないか!。」 そういうと、准教授は嬉しそうに笑った。尋は唖然としてその話を聞いていたが、突然、 「そこでだ。尋君。今回の発見を、論文にしようと思うんだが、その際、君の名前も是非記載しようと思ってね。」 「え?、ボクの・・ですか?。」 「そう。第一発見者はキミだからね。でも、真新しい情報が故に、慎重に事を運ぶ必要がある。新種の記載というのは、デリケートな作業だからね。だから、この話は、我々の間だけにしておいて、他では伏せておいて欲しいんだ。いってることが解るね?。」 そういうと、准教授は念を押すように、尋の肩に手を置いた。 「あ、はい。解りました。」 尋は、またもや准教授に肩に手を置かれたことを察して、端的に返事をした。 「あの、世話は、魚の世話は、毎日しに来ていいですか?。」 「勿論だよ。キミが見つけた魚だからね。是非とも頼むよ。」 そういわれると、尋はホッとした様子に戻ってコーヒーを飲んだ。 「ところで、キミ、就職活動の方は、どうなんだね?。」 「いえ、特には・・。」 「じゃあ、院にでも進むのかね?。」 「いや、それも特には・・。」 「なーんだ。何もしてないのか。みんな懸命に進路を探しているのに、随分とのんびりしてるなあ。よし、ワタシが何処か、探しておいてあげよう。」 准教授は、尋が秘密を守る見返りといわんばかりに、そう申し出た。しかし、尋にはそんなつもりが一切なかったので、この申し出には流石に困った。 「あ、すいません。実験の続きがありますので、失礼します。」 尋はそういうと、コーヒーを一気に飲んで、いそいそと部屋を後にした。本当は実験なんか無かったのだが。確かに、周りのみんなは、自身の用事で忙しそうにしている。尋も別にサボっている訳では無かったが、折角魚に囲まれながら学ぶ機会に恵まれたのに、そういう状況をじっくりと楽しまなければ、何か勿体ない気がしていた。それからも、尋は毎日のように銃教授の部屋にいっては、洞穴魚の世話をした。すると、 「何か不思議だなあ。お前といると、のんびり屋のオレが、もっとのんびりした気持ちになるんだよなあ・・。」 そういいながら、魚に餌をあげつつ、その様子を眺めた。洞穴魚は目は無かったが、餌が落ちて来るのと同時に、起用にその真下に泳いでいって、モグモグと餌を食べた。視覚は無くとも、それに代わる器官が発達して、餌を探すのを容易にしているのだろう。尋は時の経つのも忘れて、いつまでもその様子を眺めていた。すると、 「おい、キミ。まだ此処にいたのか。キミの用事をしなくていいのか?。」 と、入ってきた准教授がたずねた。 「あ、はい。すぐいきます。」 そういって、尋が部屋から出ようとすると、 「あれ?、オレ、今、何しようとしてたんだっけな?。」 と、いつもキビキビしていた准教授が、不思議なことをいい出した。物忘れをするには、まだ全然若いはずなのに。そして、どうにかこうにか、准教授は次にすべき用事を思い出し、 「あ、そうそう。」 と、必要な書類を見つけて、足早に部屋を出ていった。  その日以降、准教授の様子が、少しおかしくなっていった。ゼミの時間に学生に批判の言葉を述べなくなったり、挙げ句の果てには、ゼミの時間に遅れてくることもしばしばだった。そしてそれは、尋の先輩にまで及んだ。彼も准教授の部屋に呼ばれて、頻繁に出入りしていたが、提出物の遅れや遅刻が目立って増えていった。 「何があったんだろう?。助教授。」 「最近、何かおかしいよね?。」 研究室の学生達の間でも、そのことが話題に上るようになった。そして、ついには、先輩は学校に来なくなってしまった。健康を害したという訳では無かったが、どうやら登校が億劫になってしまっているらしかった。彼を呼びにいった同級生が、部屋の真ん中で虚ろに座っている彼を見つけて、学校側に連絡をした。そして、結局、彼は休学をすることになった。そして、何とか必至で新種の発見をと意気込んでいた准教授も、次第に仕事が手に付かなくなっていった。いつも整然と片付けられていた書棚や机書類も、みるみる散らかっていった。初めは尋も片付けるのを手伝っていったが、次第に部屋が混み屋敷の様相に変わっていくと、もはやどうすることも出来なかった。それでも、尋は魚の世話をするために、准教授の部屋に訪れていた。そんなある時、 「これは、想像以上の荒みようだな・・。」 そういいながら、教授が部屋に入ってきた。尋は一礼した。すると、 「ん?、キミの目の前にいるその魚は、一体・・、」 そういって、教授は尋の横に並んで、魚を見た。 「これはひょっとして、キミが採集調査で採ってきた魚かね?。」 教授は、あまり驚いた様子も無く、淡々と尋にたずねた。尋は暗に口止めされていたこともあり、話そうかと迷ったが、 「・・・はい。実は、」 と、主のいない部屋で、この魚についての経緯を、教授に話した。すると、 「はあ・・。やっぱり、そういうことか。」 と、教授は何かを知っているような口ぶりだった。そして、 「キミが採集にいったとき、沢の奥に、塞いであるような場所があったかね?。」 教授がたずねた。 「はい。其処が簡単に崩れたので、洞窟を見つけることが出来ました。」 尋がそういうと、 「実はな、彼処を塞いだのは、ワタシなんじゃ。」 と、教授は魚を見つめながら、静かにそういった。それを聞いて、尋は少なからず驚いた。 「え?、先生がですか?。」 「ああ。ワタシも若い頃に、彼処に調査委にいって、その洞窟を見つけたんじゃ。で、この白い目の無い魚を見つけて、それを持ち帰ろうとした時に、現地の老人に呼び止められてな。これは此処の守り神だから、採らずに逃がしてやってくれと、丁寧に頼まれてな。老人の話では、人々がその地に住み着くよりも遙か昔から、その洞窟にその魚がすでに住んでいて、島の飲み水が安全であるように、常に見守ってくれているというんじゃ。確かに、小さな島では、飲み水の確保が何よりも重要。で、その島は、特に水源も無いのに、常に地下から湧水が湧いていた。そして、その水が安全なことを、この魚たちが住むことによって、知らせてくれてたんじゃな。」 教授はそういうと、懐かしそうに魚に声をかけた。 「おーい、お前。久しぶりだなあ。とうとう、こんな所まで来てしまったか。」 教授の話を聞いて、 「あの・・、だったらボク、何か悪いことをしちゃいましたね。」 そういうと、申し訳なさそうに俯いた。すると、 「いや、キミは、生き物の不思議に心奪われて、つい、連れてきてしまっただけじゃろ?。研究の世界は、誰もが業績を上げて名を馳せようと躍起になる。そういう人間の欲に、神様は時として罰を与える。だが、キミは、そうはならなかった。この魚がキミの手で、固定されずに此処まで来たのは、ま、幸いというか、運命かな。再び元の洞窟に返しにいくのも何だし、引き続きキミが面倒を見てあげるといい。みんなに内緒でな。」 そういうと、教授は水槽の魚に手を振って、尋の方を軽くポンと叩いた。 「はい。」 それからも、尋は主の来なくなった部屋にいっては、こっそりと魚の世話を続けた。その後、卒論の発表と共に、就職する者、大学院に進む者と、ほぼ全ての学生の進路は決まっていた。二名を除いては。一人は先輩、そして、もう一人は尋だった。 「尋君。これから、どうするかね?。」 教授が心配してたずねた。すると、 「あの、もしよかったら、研究生として残ってもいいですか?。こいつの世話をしたいので。」 そう教授に申し出た。教授は静かに微笑みながら、 「キミがそうしたいのなら。」 と、承諾した。そして、尋は今日も魚の世話をしていた。目の無い魚は、まるで其処に尋が解っているかのように、嬉しそうに体をくねらせていた。
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