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「じゃあね。私、若松と帰る約束してるからさ。……ねえ、知ってた? 彼、どこ行きたいか、何したいか必ず訊いてくれるの。そういうキャラに見えないからびっくりしたわ。まあ、あんたには絶対に見せない顔だよね」  虚勢を張る気力もなくしたらしく、泣き出した女の返答を聞く気は最初からない。  靴箱の中の、玖里子の手で押し込まれたものを集めて傍のごみ箱に投げ込み、上靴から履き替えた。  曲げていた背を伸ばした視線の先の、ガラス張りの出入り口の向こう。校舎の外の屋根のある部分に若松が立っている。  彼が二人のやり取りを最初から注視していたのにも気づいていた。  ただし、声は聞こえていないだろう。杏美はすべて聞かれていたとしても一向に構わないのだが。  若松に「玖里子の執拗な悪意」を見せつけるのが目的なのだから、杏美が単なる被害者かどうかは本題ではなかった。  玖里子が杏美に食って掛かるのも、それに杏美が特に激しい反応を返さなかったことも彼には一目瞭然だったのではないか。  立ち位置的に、外に背を向けて立つ杏美の表情が若松の目に入ることはない。逆にこの女の「杏美を責め立てる」形相は明確にわかったはずだ。  玖里子が勝手に墓穴を掘って堕ちて行く一部始終が。  労るような目でじっと見つめて来る彼の姿に、改めて考える。  好きな男が自分より確実に劣ると見做していた相手を好きだったことが、この女にとって如何に屈辱か。  そしてもうひとつ。  どうでもいい男と「付き合う」ことを、杏美は特に苦痛には感じていなかった。時間を無駄にしたとしても、それだけのリターンがある。  ──今も別に好きじゃないけどそこまで嫌でもなくなったし、何より玖里子を苦しめられるなら若松と一緒に過ごすのもむしろ楽しいかも。こんな発見があるなんてね。                             ~END~
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