すべてなくした私を助けてくれたのは、農村の少年でした

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すべてなくした私を助けてくれたのは、農村の少年でした

「ゲルトルート・ハリエラ。今この時をもって、君との婚約を解消する!」  クリストフ・ベルクマン伯爵令息が、ハリエラ家の邸宅に来るなり人差し指を突きつけてきました。  クリストフは燃えるような赤毛をかき上げ、高笑いします。 「君の家が原因での婚約破棄なのに、慰謝料を請求しない僕の優しさに(むせ)び泣くといい。まあ、払えるわけがないか。公爵の脱税と横領で全財産と領地差し押さえ。家は取り潰しだからな、ハハハハハハッ!」  婚約者である私が全財産失う状況なのに、なぜそんなに楽しそうに笑っていられるの。 「お父様はそんなことできる人ではないわ。優しく誠実で、領民からも慕われているの」 「犯罪者の娘が父をかばったところで、誰も信じないさ」  数名の官が「ハリエラ公は何年も前から書類の改ざんと脱税を続けていた」と証言し、お父様が無実を訴えたのに聞き入れてもらえませんでした。  そのまま屋敷は奪われ、お父様は牢獄へ。使用人は全員解雇。  貴族の最高刑は流刑(るけい)。  私も命だけは助けてもらえましたが、国境付近の山に捨てられました。  粗末な綿のワンピース一枚だけ着せられて、上着はなく、足元は素足。  寒風が私の銀髪を散らす。  枯れ葉を踏みしめ、紅葉する木々を見上げます。  死刑と呼ばないだけで、死刑と同じようなものです。  何もしなければ冬眠前の獣に食われて死ぬのでしょう。  享年十七歳なんて御免(ごめん)よ。    このまま死ぬなんて、嫌。  死にたくない。  お父様が脱税するわけ無いわ。きっと、お父様を邪魔だと思う人間に陥れられたのよ。  異国との交易を主とするハリエラ家には、商売敵が多かったから。  それともお父様は私を欺いていただけで、クリストフの言うように罪を犯していたのかしら。   考えても真実は闇の中。  冷たい風が吹きつける中、ただ日の沈む方に向かって歩き続けます。  木の枝や尖った石、足元にはうツタにひっかかり何度も転んで、足は傷だらけ。  それでも私は歩きました。  やがて日が暮れて、視界が不明瞭になります。  途中、成っていた山ブドウを千切って口に入れます。  渋くて食べられたものではないけど、何も食べないよりマシ。  あまりの不味さに涙が出てしまう。  死にたくない一心で飲み下しました。  温かな食事を用意してくれる料理人はもういない。  家までの馬車を用意してくれる使用人もいない。  お風呂を用意してくれるメイドもいない。  私、自分一人じゃ何もできないのね。  足に力が入らなくり、座り込んでしまった私の耳に、犬の鳴き声が届きました。  野犬?  そう。私、野犬に食われて死ぬのね。  犬のものらしい軽やかな足音に続いて、人の足音が聞こえて来ます。  大型の獣ではなく、人の。  ランタンの灯りが、私を照らしました。 「お前、名前は? なんでこんなところにいる」  たぶん私とそう年の変わらない少年が問いかけてきます。  きっと私の名は、取り潰しになった公爵家の名とともに知れ渡っているでしょう。  ゲルトルート・ハリエラだと名乗れないです。 「ゲルダ」 「そうか、ゲルダ。行く当ては?」 「無いわ」  今着ているもの以外、私には何も残されていない。  帰る家も、頼れる人も。  少年はならば、と口を開きます。 「俺はレオン。ゲルダ、仕事の手伝いをするならうちに置いてやる。ここは田舎だから、働かないやつに居場所はない」 「手伝い?」 「あぁ、なんの仕事か知らずにうんとは言えないか。ついてこい」  レオンは背負っていたリュックから水筒を取り出して私に投げました。 「声がかれている。喉渇いてるだろ」  「……ありがとう」  口調は乱暴でも、救いの手に違いありません。  いまはただ、レオンについていきましょう。
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