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闇の向こうに
やっぱり告白する勇気が出なかった。
折角、友達に選んでもらった浴衣を着て来たのに、地味な黒い髪に小さな花飾りのピンを付けてみたりもしたのに。
本当ならば、祭りに一緒にいってくれませんか? と誘い、祭りでいい雰囲気になって告白するのが筋なのに。
私はその過程をすっ飛ばして、先輩を待ち伏せる作戦に出た。夕方6時半、先輩がお祭りに来る、という情報を悪友のU子から得たからだ。
神社の鳥居の陰で待ち伏せる事15分。
先輩が来た。
けれど大きな誤算が起こった。
先輩は浴衣を着た綺麗な女の人と並んでやってきた。
想定外の事態だった。
そもそも祭りに高校生の男子が一人でくるはずなど無い。それに私の思考は思い至らなかった。
隣にいるのは確か先輩の幼馴染という女の先輩だ。
髪を結い、かわいいアサガオ柄の浴衣なんかを着て、先輩と楽しそうに笑っている。時折肩をぶつけたり、ふざけ合ったりしているのを見るにつけ、他人の入る余地の無い二人だけの空気があった。
もう告白を諦めるには充分だった。
私みたいなモブで暗い後輩女子に、先輩は見向きもしてくれない。
先輩が横を通り過ぎるまで、私は神社の鳥居の陰に幽霊のように隠れ、見送る事しか出来なかった。
私は「失恋」以前に負けた。
いや勝負さえできてないのだ。
ほろ苦い敗北感と虚脱感が、胸の奥で火のつかない花火のように燻っている。
イチャイチャカップルとすれ違う。
ボッと胸に嫉妬の炎がともる。
――爆ぜろリア充ども、世界なんて滅んでしまえ!
私は非モテなラノベ小説の主人公よろしく、鬱屈した感情を持て余し心の中で悪態をついたりしてみた。もちろん空しさは増すばかり。
と――。
「あれ……?」
気が付くと暗い木々に囲まれた神社の裏手に迷い込んでいた。
目の前は底知れぬ暗闇の道が口を開けている。
慌てて振り返ると、祭りの明かりと賑やかな人々の姿が見えた。でも霞がかかったように、すりガラス越しの風景のようにボヤけて見えるのだ。
それに音が聞こえない。
無音の世界に私は放り出されていた。
「え……?」
祭りの世界から切り離されていることに気が付いた。
何か妙な気配がした。
嫌な、不穏な気配がする。
闇の彼方から何かが迫ってくるように錯覚に陥る。
世界に境界線があるとすれば、きっとこういう感じかもしれない。一歩先は底知れぬ闇が広がっている。例えるなら、深遠の淵に立って中を覗き込んでいるような感じがする。
夏の夜なのに、夜気がひんやりと首筋を這う。
「戻らなきゃ……」
言い知れぬ不安を振り払うように、踵をかえそうとしたその時。闇の向こうに光が灯った。
闇の向こうで鬼火のように揺らめく光だ。
私は思わずぎょっとして身構えた。
逃げればいいものを、まるで目が離せなかった。
距離にして5メートルも離れてない位置に現れた。
それは二つ。赤い夕日のようなオレンジ色をして、パチパチとまるで生き物の瞳のように瞬いた。
明らかに私の様子を伺っている気配がある。
そして、瞬くと。
幻燈のように、闇の中に一軒の「金魚すくい」の屋台がボウゥと浮かび上がった。
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