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襲来、赤き宇宙艦隊
無数に群れる赤い金魚の中で、一匹だけ黒い小さなデメキンがフラフラと泳いでいた。それが妙に気になってしまう。
「そう、この子は君たち自身さ。救わなきゃ地球は終わる」
何を言っているの?
狐のお面をつけた店主の表情は見えないけれど、冷やかしではなく真面目に言っているらしい。
地球が終わる? 何を言っているの? そんなこと……。
それでも私は抗えない力に突き動かされ「ポイ」を水面に近づけた。そこで大事なことを思い出す。
「あっお金……」
ごそごそと浴衣の帯の脇にぶら下げたポーチを探る。一回三百円あるいは五百円だろうか?
「お金はいらないよ」
「ど、どうして?」
「君はラッキーガール。運よく、偶然、この超空間へアクセスしくれた。奇跡のような偶然。だから君に地球の命運をたくす」
「意味が解らないんですけど……」
超空間? 地球の命運? どゆこと?
金魚すくいとどんな関係が?
疑問ばかりが膨らんでゆく。
「金魚すくいで、地球人類の運命を救うんだ」
ジリッ……と一瞬、キツネ面の店主さんが揺らいだ。
電球が明滅し、周囲は闇に支配されてゆく。
「変わった設定の金魚すくいですね……」
思わず変な笑みが浮かぶ。
狐面の店主さんは冗談好きの人、だったらいいけど。
「ボクにはこの時空に『干渉』できない。惑星『地球』で暮らす知的生命体である君でないと、地球の未来を救えないんだ」
地球の……未来を、救う?
狐面の店主の話しっぷりは大人のようで、幼い子供のようでもある。諦めと微かな期待。言葉の端々にそんな不思議な雰囲気を漂わせている。
「えと……さっきから何を言っているかわからなくて」
「そうだね。君たちの『言語』では伝わらない。いま……わかるよ」
「はぁ?」
私は金魚すくいの水槽に目を向けた。
フラフラ泳いでいる黒いデメキンが可愛い。
赤い沢山の和金は、どれも同じに見えてしまう。
冗談でもなんでも、金魚すくいをすればいいだけでしょ?
赤い茶碗を左手に、白いポイを右手に構え「金魚すくい」の構えをとる。
狙うは黒いデメキン。
店主さんが、息を飲んで見守っている。
ポイの先端が水に触れ、波紋が水面に幾重もの輪を描いた次の瞬間。
私の目の前に信じられない光景がひろがった。
水槽の向こうに暗黒の「宇宙」が見えたのだ。
「え、はぁっ!?」
水槽が漆黒の闇を四角く切り取った窓のように変化し、銀河のような渦巻きと無数の星々が瞬いている。
「なな、何これ!?」
私は腰を抜かしそうになり思わず声をあげていた。
プロジェクション・マッピング?
いや違う。もっと解像度が高くて、宇宙の映像そのものだ。完全に理解の❘範疇を超えている。
私、金魚すくいをしていたハズだよね!?
更なる驚きが目の前にひろがる。赤い金魚に見えていた無数の魚は全て、紡錘型の「宇宙船」に変わっていた。
それにただの宇宙船じゃない。
SF好きの私にはわかる。
「う、宇宙艦隊!?」
SF映画に出てくる宇宙戦艦そのものだ。
何万、何十万という宇宙戦艦の群れ、群れ、群れ!
流線型の赤い数え切れないほど無数の禍々しい戦闘的なフォルムの宇宙戦艦が、暗い星空を背景に見渡す限り並んでいる。
三次元の奥行きと広がりを持って銀河の中を進軍しているんだ。
「ようやく認識できたね。これは現在銀河中心部、ここに向かっている地球殲滅艦隊の量子鏡像……。地球人類が認識できるよう『金魚すくい』という形で映写しているよ」
「いっ、いやいやいや!?」
は?
えっ?
どどど、どういうこと!?
「そして君が『黒いデメキン』と認識したものこそ、この惑星――地球の未来、つまり時空の『特異点』さ」
「まさか……」
「そう、君がその地球の『未来』を救うんだ」
うーん……ガッデム!
私の脳裏にはそんな言葉しか浮かばなかった。
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