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コナガの目の前が大きく揺れたのは、まだ眠たい目でぼんやり空を眺めている時だった。
西の空へ太陽が沈みかけている。真っ赤な空には僅かに星が瞬き始めた。夜行性の生物達の活動時刻である。
食べて寝るだけの身であるから、まだまだ寝ていても問題はないと、もう一度目を瞑り、微睡み始める寸前で完全に目覚めてしまった。あまりに大きな揺れだった。
コナガは自分がおかしくなったのかと思った。体への変化という意味であれば、いつ何が起こっても不思議ではない。コナガは既に三回目の脱皮を終えている。そろそろ繭を作らなければならない時期である。
しがみ付きながら周りを観察している時におかしいのは世界であると気が付いた。食事と住居を兼ねているキャベツの葉がガサガサと揺らされている。振り落とされないよう必死でしがみついた。
始めは強風なのかと思った。王から「揺れたら大抵は風だ」と教わった。王の言が間違っていたことは今迄無い。であれば、直に何かしらの沙汰があるであろう。風が弱まるかもしれないし、葉が耐えきれずにコナガごと飛ばされるかもしれない。
しかし、よくよく周りを見ていれば、揺れているのは自分のいる葉のみだ。これが風の所業であるとは全く思えなくなってしまった。
暫くして、風の所業とは異なる沙汰があった。
「お」
と声がして、揺れが止まった。頭の上にあった葉が無くなり、先程より周囲が明るくなる。それでも夕暮れ時の光は徐々に弱まっていき、眩んだ視界が元に戻る頃には星が瞬いていた。
僅かな光を受けて、影が落ちてくる。コナガとは異なる大きな影。影はほんの少し動いた。
「……よう」
コナガは思わずぴょんと飛び上がった。葉を揺らしていたのは王であった。
「驚いたか」
コナガは王の問いに対し、と体を振り回して否を示す。本当は葉が動いた時に驚いたものの、現在は全く問題ない。王が揺らしていたのだと分かったのだから。
「落ちなくて良かったな」
王は再び影を動かした。周りが暗くなってきたせいで輪郭がぼやけている。
コナガは視力が弱く、また聴覚もない。空の瞬きを認識出来はしないし、現在も視界は王の姿を捉えてはいない。しかし、王の声だけは聞くことができる。
王に物事を教えてもらうに当たって、与えられた力だ。
王は、「ものを教えるのに言葉が通じなかったらやりにくいだろ。それとも俺に地べたを這えってか?」と言っていた。
そんなことをしなくても見えないのだからする必要はない。きっと王なりの冗談だったのだろうと思っている。
王の姿を目に出来たことは現在までに一度も無い。けれど、王の言と影の大きさから推測するにコナガとは違う形をしている筈だ。
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