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アオと母
家族、と言えば普通は父・母・兄・姉・弟・妹・祖父母などを思い浮かべるものだろう。あとは犬、猫などのペット。動物を家族だと考えている人にペットなんて言ってしまったら、怒られるだろうか。気を悪くしたならごめんなさい。
私の家に居るのは父・母・姉。マンション住まいなのでペットはいない。けれど、私にはもうひとり家族がいる。動かない、話さない、生きてもいない。それでも、私にとっては大切な存在。それは猫のぬいぐるみのアオだ。
『どうして、萌々香ちゃんは学校に行っちゃうの? もっと一緒にいたいよ』
太陽の光が差し込むダイニングで、アオは両手を上下に動かし、毎朝似たような言葉を繰り返す。
高校生二年生にもなってぬいぐるみ遊びをしている私を、母は何ともない顔で眺めている。それは別にやさしさからではない。受容ではなく諦念。そうすることによって私の精神が保たれていることを知っているからだ。
行きたくない。行きたくない。生きたくない。
聞くだけで気が滅入るような言葉を、自分の代わりにぬいぐるみが引き受けてくれる。愚痴を聞かされることに比べれば、子どもっぽい寸劇を黙認する方が容易い。はじめの頃は怪訝な顔をしたものだが、母は今ではすっかりアオを私の家族として受け入れている。
『萌々香ちゃん、早く行かないと遅刻するよ』
ダイニングテーブルから離れようとしない私を、変に甲高い声のアオが追い立てる。
私は母を見つめ、アオを椅子に座らせた。
「アオはそんな言い方しないよ」
『するよ! ほら、萌々香ちゃん。学校に行かなきゃ!』
「わかったって……」
母が声を当てた偽物のアオではなく、その向こうにどっしりと座る母に返事をして立ち上がる。
青い目をした黒猫のアオ。右の片耳が折れているところが私と同じだ。
無表情でありながらどこか物憂げな雰囲気を持つこのキャラクターには、小さなころにひとりぼっちになってしまったという悲しい生い立ちが設定されている。
それは「だから可愛がってあげてね」というしたたかな商業戦略だと思われるが、まんまと引っ掛かった私はこの子のことがかわいくて仕方がない。本当は学校にも連れていきたいくらいだが、十六歳にもなってそんなことをしていては人間性を疑われる。
私は時計を見やると、その顔をひと撫でし通学鞄を手に取った。
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