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「鞄持ってきてないし、一回教室戻るだろ?」
「あ……、うん」
気が付くと、教室に残っているのは私たちだけになっていた。
放って置いてほしかったという気持ちと、声を掛けてもらえてうれしいという気持ちが喧嘩する。きっと私は中途半端な表情をしていた。
けれど、纐纈君は何も言わない。教室の入口まで歩くと、ちゃんと私がついて来ているか確認するように振り向いた。
こんがらがった私の心は、無音の何気ない態度に救われた。
廊下に出ると、開け放たれた窓から部活の掛け声が飛び込んでくる。グラウンドを見下ろしながら、私は纐纈君の右側に並んだ。
「これから、迷惑を掛けることになると思う。ごめん」
「いや……」
委員会は三年生の教室がある三階の空き教室で行われていた。二年生の教室は二階に、一年生の教室は一階にある。
私たちは無言のまま、突き当たりの階段に向かって歩いた。
遠くから吹奏楽部の演奏が聞こえる。題名の分からない、だけど耳馴染みのあるクラシック音楽は雄大で、私の心を鼓舞する。
階段は階下の声がよく響き、二階に降りれば地上が近付く分ざわめきが大きくなる。話しかけるなら今しかない。
私は階段の手前で立ち止まり、両手を握りしめて纐纈君の名前を呼んだ。
二段降りかけた纐纈君が、不思議そうに振り返る。
「気にかけてくれて、ありがとう」
目線の高さが同じになっていたことに、私は気付いていなかった。
西日を吸い込んだ纐纈君の瞳は薄茶色で、ただ眩しさに目を細めただけだろうに、その仕草に息が止まる。
口元が笑っていたかどうか、確かめる余裕が私には無かった。
「じゃ、じゃあ!」
私は纐纈君を置き去りにし、階段を駆け下りた。
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