アオと私

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アオと私

「ねぇ、アオ。私、あんなふうにやさしくされたの初めてだったよ」  お風呂上り、自室のベッドに寄り掛かり、私はアオを抱き上げた。  どうしたの?と問いかけるように、プラスチックでできたまん丸な目が蛍光灯の光を反射する。 「右側に座ってたからって謝ってくれたんだよ、纐纈(こうけつ)君は何も悪くないのに」  私は纐纈君の申し訳なさそうな表情を思い出し、アオの右耳を撫でた。  聞き返した時に思い出してくれる人はいる。だけど、纐纈君は私の反応が少し遅れただけで、聞こえにくいんじゃないかと気付いてくれた。あんなに細やかな人には会ったことがない。 「聞こえないのがどっちの耳か、急に聞かれたら自分でさえ戸惑うのに……」  もしも、目が見えなくなったら。誰もが一度はそんな想像をしたことがあるだろう。目は閉じれば真っ暗になる。視力が悪くて眼鏡やコンタクトレンズを使用している人間はたくさんいる。ストレートに言えば、身近だ。  見えない世界というのはイメージがしやすく、それをテーマにした創作物も多い。片方の視力を失ったキャラクターが物を落とすシーンなんて定番中の定番だ。視野が狭まるだけでなく、片目だけではうまく距離感が掴めないことを知っている人は多いだろう。  それに比べれば、片耳難聴なんて。  すぐに思いつくのはずっと前に放送された朝の連続テレビ小説だが、その放送を機に世間の理解度が深まった印象はない。  音の方向がわからないこと。聞こえることと聴き取れることは全く異なると知っている人は、この世の中にどれだけいるのだろう。  比べることに意味はないとわかっている。私自身、ただ片耳が聞こえないだけで、特別誰かの気持ちに寄り添えるわけじゃない。両耳が聞こえない人の苦しみは私にはわからないし、わかったフリもしたくない。  障碍を抱えていることはただ面倒なだけで、傷を持っている人ほどやさしくなれるなんていうのはただの幻想だ。  だからこそ、纐纈君の何気ない行動はそう長くない私の人生の中で際立った。
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