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「大丈夫? 聞こえてる? ごめん。こっち聞こえない方だったよな」
「え?」
私は彼の、思いもしなかった発言に眼を瞬かせた。
「あれ? 違った?」
「あってるけど……、どうして知ってるの?」
「クラスの自己紹介の時に言ってただろ」
「言ったけど、一か月も前の話だよ。とっくにみんな忘れてるじゃない。普通に会話する分にはほとんど支障ないんだし」
そう。毎日話している紗耶香でさえ忘れてしまえる。
片耳が聞こえないことなんて、他人からすれば軽微でどうでもいいことなんだ。
だって、表向きの会話は成立するから。
だから、私は今悩んでいる。
今この場で耳のことを説明するかどうか。
自己紹介というイベントは、この問題を毎回私に叩きつける。
言えば、“少し”くらい配慮して貰えるかもしれない。聞き返しても、“少し”くらいなら嫌な顔をされないかもしれない。だけど、その効果は本当に“少し”で、時間も短いのだ。
そもそも、「だから私に配慮してください」とお願いするようなものなので、私のことを「偉そう」だとか「特別扱いされようとしている」だとか、「ズルい人間」だと受け取る人も中にはいる。
それなのに、纐纈君は私が片耳聞こえないことも、それが左右どちらの耳なのかも正確に覚えていて、気にかけてくれるんだ。
「纐纈君、すごい記憶力……」
思わずこぼれた言葉に、彼は声を出さずに笑った。
「暗記は苗木の方が強いだろ。成績良いんだから」
「私は一夜漬けタイプだからすぐ忘れるよ。人の顔と名前覚えるのも苦手」
「俺の名前、言えてるじゃん」
「それは――」
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