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今のクラスになって一か月。実のところ、私はまだクラス全員の顔と名前が一致していない。特に、用がない限り話す機会のない男子は、名前以前に同じクラスかどうか思い出すところから始めないといけないレベルで、名札を見ずに話しかけることはまずもって不可能だ。そんな中、纐纈君の名前を言えるのは奇跡に近い。
だけど、その理由はいたって単純なもので。
「纐纈君って、名前のインパクト強いし」
「そこ?」
「そりゃ、めずらしい苗字ではあるけど」と、纐纈君は少しつまらなさそうにつぶやいた。
ただ、付け加えるなら、彼の声は他の男子に比べて穏やかで聴き取りやすい。顔立ちはハッキリしたタイプじゃないけれど、右目の下に泣きぼくろがあるおかげで区別がつく。この二つも大きな要素ではあった。
そんなことを言われても、うれしくもなんともないだろうけど。
「次の人、お願いします」
妙に会話が続いたせいで、いつのまにか恐怖の瞬間はすぐそばに迫っていた。
纐纈君の隣の男子が立ち上がり、威勢よく話し始める。
二年二組、顔を見かけた記憶さえないが、隣のクラスの人らしい。ただ自己紹介をしているだけなのに、笑いを誘っている。どうやら彼はクラスの人気者ポジションのようだ。
この人の次の次とか、ちょっと勘弁してほしい。
「大事なこと言ってなかった。何年何組、名前、趣味、抱負な」
隣の人を見上げていたかと思ったら、纐纈君は唐突に振り返りそう告げた。返事をする間もなく、視線を元に戻す。その後頭部は、頷くようにかすかに揺れた。
「ありがとうございます。次の人お願いします」
高村さんのきびきびとした声が纐纈君に向けられる。
想定外のやさしさに、ありがとうって簡単な言葉さえ出てこなかった。
私の心臓はいよいよ暴れ出した。
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