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ざわめきと静寂
「二年一組の纐纈 幾人です。趣味はスポーツ観戦です。こういう委員になったのは初めてなので、よろしくお願いします」
纐纈君の自己紹介は、こう言ってはなんだけれど、ものすごく無難だった。
定型文で模範的。まるで、このくらいでいいんだと教えてくれているようで、私は彼のすました横顔に安堵感を覚えた。
当たり障りのない紹介文を頭の中で組み立てて、話している自分をイメージする。同時に、クラスでの彼は自己紹介はどんな感じだったっけと、疑問が浮かんだ。もう少し長かった気がするけれど、あまり記憶に残っていない。
首を傾げたところで、「次の人」と容赦ない合図が私に投げかけられた。
「苗木 萌々香です。二年一組です。趣味は読書で……、あの」
耳のことは言わないと一度決めたのに、私は土壇場で迷ってしまった。
もしも、纐纈君のような人がひとりでもいてくれたなら。甘ったるい願望が喉元までせり上がり、言葉に詰まる。
だけど、やっぱり少し怖い。ここに居る人たちとは毎日を一緒に過ごす訳じゃない。リスクとメリットが釣り合ってるようには思えない。
でも、リスクってなに? 高校生にもなって、面と向かって悪口を言ってくる人なんてそうそういない。存在しない敵を作り出して、私は何をしてるんだろう。
「苗木。抱負」
フリーズしてしまった私を溶かしたのは、纐纈君の声だった。
しんと静まり返った教室で、全員の視線が私に注がれている。
「あっ、すみません。えーと、その……、右も左もわかりませんが、頑張りますのでよろしくお願いします」
言い切った私は、高村さんの合図を待たずに着席した。
あまりの恥ずかしさに全身が脈打ち、周囲の音が遠ざかる。指先の感覚が無くなり、机の木目がぐにゃりと曲がった気がした。
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