ざわめきと静寂

1/3
前へ
/47ページ
次へ

ざわめきと静寂

「二年一組の纐纈(こうけつ) 幾人(いくと)です。趣味はスポーツ観戦です。こういう委員になったのは初めてなので、よろしくお願いします」  纐纈君の自己紹介は、こう言ってはなんだけれど、ものすごく無難だった。  定型文で模範的。まるで、このくらいでいいんだと教えてくれているようで、私は彼のすました横顔に安堵感を覚えた。  当たり障りのない紹介文を頭の中で組み立てて、話している自分をイメージする。同時に、クラスでの彼は自己紹介はどんな感じだったっけと、疑問が浮かんだ。もう少し長かった気がするけれど、あまり記憶に残っていない。  首を傾げたところで、「次の人」と容赦ない合図が私に投げかけられた。 「苗木(なえぎ) 萌々香(ももか)です。二年一組です。趣味は読書で……、あの」  耳のことは言わないと一度決めたのに、私は土壇場で迷ってしまった。  もしも、纐纈君のような人がひとりでもいてくれたなら。甘ったるい願望が喉元までせり上がり、言葉に詰まる。  だけど、やっぱり少し怖い。ここに居る人たちとは毎日を一緒に過ごす訳じゃない。リスクとメリットが釣り合ってるようには思えない。  でも、リスクってなに? 高校生にもなって、面と向かって悪口を言ってくる人なんてそうそういない。存在しない敵を作り出して、私は何をしてるんだろう。 「苗木。抱負」  フリーズしてしまった私を溶かしたのは、纐纈君の声だった。  しんと静まり返った教室で、全員の視線が私に注がれている。 「あっ、すみません。えーと、その……、右も左もわかりませんが、頑張りますのでよろしくお願いします」  言い切った私は、高村さんの合図を待たずに着席した。  あまりの恥ずかしさに全身が脈打ち、周囲の音が遠ざかる。指先の感覚が無くなり、机の木目がぐにゃりと曲がった気がした。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加