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「××ぎ」
何かが聞こえたけれど、方向も内容も分からない。顔を上げないと、そう思うのに億劫で仕方ない。確信はないけれど、私は隣の席に座る纐纈君を見た。この状況で、私に声を掛ける人なんて彼しかいない。
何か言いたげに薄いくちびるが開く。慰めの言葉が始まる前に、私はそれを遮った。
「ごめん。せっかく教えてくれたのに、緊張して失敗しちゃった。
人のこと覚えるの苦手なクセに、ちゃんと自己紹介聞かないのはだめだよね」
私の声は震えていた。熱が目元に集まっていくのを感じる。だめだ、これ以上話したら涙がこぼれてしまう。
私は纐纈君から顔を背け、左端まで進んだ発表者の方へ視線を向けた。
「三年×組×田××です。×きな××はジブリの――」
自分が嫌いだ。どうして私はこんなに生きるのがヘタクソなんだろう。消えてしまいたい。
わかってるよ。全部が全部障碍のせいじゃないって。これは私の性格の問題だ。陰気で甘ったれで自己中心的で、お礼の一つも満足に言えない。
きっと、纐纈君は呆れてるだろう。私には人にやさしくしてもらう資格がない。当然の報いだ。
私はせめて泣かないようにと、ぐっと奥歯を噛みしめた。
顔と名前と特徴と、きちんと頭に入れなくちゃいけないのに解読できない。
集中できていないせいで、音が音のまま処理されて通り過ぎていく。わずかに拾った単語を繋ぎ合わせても、人物像がうまく形成できずに崩れてしまう。
そうして、散々な委員会の顔合わせは三十分ほどで終わった。
自信を持って名前を呼べそうなのは高村さんと、あと四、五人くらいだろうか。
次は二週間後。それまで覚えていられたらいいけれど。
不確かな名前と単語が散らばったメモ帳を閉じると、纐纈君はそれを待っていたかのように立ち上がった。
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