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<1章>
もやもやとした視界が徐々にくっきりしてくる。どうやら見えているのは天井だった。それはあの、白地にまるで虫食いの穴が無数に開いたような模様と彼は認識した。
ゆっくりと、視界に入るものを見る。どうやら、どこかのベッドに寝ているようだ。腕には違和感がある。視界の隅に、何かが立っている。そこから伸びた線が、自分の腕につながっていた。どうやら、点滴を受けているらしい。腕の違和感は、腕が固定されていることだった。
窓の外は明るいが、真昼というわけではないのか、それとも天気が悪いのか、景色までは見えないが少々薄暗い感じを受ける。窓の反対側には天井から下がる仕切りのカーテンがあった。保健室なのか病室なのかわからないが、とにかくその類であることは確かなようだ。
(どうなってるんだ)
記憶を手繰ってみる。朝、家を出て学校に行った。三時間目の授業が始まる前、教室を移動している時に、何か急に世界が回り始めたような・・・
(そうか、貧血かなんかで倒れたんだな、オレ)
自分の状態をそう理解する。なるほど、身体が怠い。しかし、貧血にしろ、そういうことになったのは初めてだったので、いまいちよく状況が呑み込めないのも確かだった。
(て、何で点滴?病院、てこと?)
徐々に頭がはっきりしてくる。学校で女子が貧血で倒れ、保健室に連れていかれたのは何度か見ているが、点滴を受けたという話は聞いたことがない。というより、保健室で点滴はさすがにあり得ないと彼は理解していた。
カーテンの向こうで人の気配がする。と、唐突にカーテンの一部がさっと開かれ、若い女性の細面の顔が覗いた。
「あ、目、覚めました?」女性はそう言うとカーテンを半分ほど開き、ベッドのそばに寄って来た。どうやら看護師のようだ。
「点滴、痛いとかないですか?」腕のチューブが繋がったあたりを確認しながら言う看護師。
「はい」看護師の方に顔を向け、彼はそう答えた。
「お名前、言えます?」
「は?自分のですか?」
「そうです」
「アマミ テルヒコです」
看護師は、それにうなずくと手に持ったバインダーに何かを書き込んだ。
「あと十分ぐらいで終わりますから。何かあったらそのボタン押してください」
空いている右手のところの柵に、線につながれたボタンが掛けられている。
「あの」
行こうとする看護師を呼び止める輝彦。看護師が振り向き、彼の顔を見る。
「オレのスマホ、知りませんか?」
「ああ」うなずく看護師。
「ごめんなさいね、ちょっと聞いてみます。じゃあ、点滴終わった頃にまた来ますね」
サッとカーテンを閉める看護師。輝彦は、何をするでもなくふう、とため息をついた。
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