<1章>

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「気分はどうですか」  看護師が点滴を外しに来たのと一緒に、医師がやって来た。 (四十くらいかな)輝彦はそんなことを思いながら医師の顔を見た。特段身長も高くもなく、かといって低いでもないその男性は、若くも見えるが、老けているようにも見える。 「ああ、まあ、普通です」答える輝彦。看護師はそれにかまわず固定された点滴を外していった。怪訝そうに輝彦がそれを見る。その様子を見て医師が説明をする。 「天見さんが眠っている間にいくつかの検査と採血とかをしてます。その他にも、いくつか検査をする必要があるので、二、三日は入院ですね。おうちの方には学校さんから連絡が行っていると思うのでもう親御さん、見えられると思うんですが」 「検査って、オレ、なんか病気なんですか?」 「病気と言うか、うーん」少し考える医師。胸の名札には桜田、と名前が書かれていた。 「倒れた時の状況を、覚えていますか?」逆に、質問を返す桜田。 「え、ああ、えーと」とりあえず自分の質問を抑え、輝彦は桜田に答えることにした。 「なんか特に前触れもなく、急になんていうか、ぐるぐる回り出したみたいになって」  うんうん、とうなずく桜田。 「その後は、覚えていますか?」 「いえ、気が付いたらここでした」 「わかりました」言いながら桜田は一人うんうんとうなずいていた。その後桜田は看護師に幾つか指示をした。 「とりあえず、検査結果が出るまで入院することになると思います。また親御さんが見えられたら、お話ししましょう」  桜田が立ち上がり出ていくのと入れ替わりに、看護師と、彼の学校の養護教諭の南が入ってくる。南はその紙袋を持っていた。 「ごめんなさいね、ちょうど学校と連絡を取っていて」南が持っていたのは、輝彦の荷物のようだ。 「あ、すみません」  輝彦は渡された紙袋の中身を確認する。彼が着ていた制服と、ポケットに入っていた財布、そして彼が求めていたスマホ。そういえば、眠っている間にパジャマに着替えさせられていたことに気づく。袋の中の制服は、倒れたせいなのか、少し砂埃のようなものが付いている気がした。  スマホを確認して、初めて今の時間を知る。時間は午後の三時半を少し回ったところだった。何件かのメッセージが入っている。が、彼が待っているメッセージは入っていないようだ。 「大丈夫?気分はどう?」  南が確認するように聞く。まだ二十代の彼女は生徒たちと歳が近いこともあり、比較的生徒から人気があった。 「ええ、まあ。それより先生?」 「なに?」 「オレ、何が?」 「ああ、びっくりしたよ」  南の説明によれば、彼の記憶のとおり、移動中に廊下でいきなり倒れた彼は、保健室に運ばれた後、意識が戻らないため救急車を呼んだということだ。彼女は学校から付添として救急車に同乗してきており、親が来たら学校に戻ると言っていた。 「お母さんの方にはさっき連絡が付いたから、もう来ると思うんだけど」  母の仕事場は大阪だ。神戸の家から小一時間かけて通っている。連絡が付いたとはいえ、仕事場を抜けるにもいろいろとあるのだろう。輝彦がそう思いながら南と話していると、看護師に連れられて輝彦の母、珠江が病室に現れた。 「テル、どしたん、大丈夫?」  そうは言ったものの、輝彦の様子を見て明らかに安堵の顔を見せる珠江。 「あの」その珠江に、南が声をかける。お約束の挨拶の後、 「では、私はこれで。また、学校に来られた時に必要な書類お渡ししますので、宜しくお願いします」 「本当にお世話かけまして。ありがとうございます」 「いえ、お大事に」  病室を出ていく南。 「お母さん、ちょうど今先生いらっしゃるので、少しお話いいですか?」  南が出て行ったのを見計らったように今度は看護師が珠江に声をかける。 「オレも一緒にですか?」輝彦が聞く。 「いえ、とりあえずお母さんに先お話しを、って先生言ってらっしゃるので」 「とりあえず大丈夫そやし」輝彦に向き直る珠江。 「ちょっと、話聞いてくるわ」 「わかった」  慌ただしい人の入れ替わりが落ち着き、病室は静かになった。  輝彦は、ふう、と一息つくと、スマホに来ているメッセージを返すことにした。
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