<6章>

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「なんで俺の居場所わかったん?」  走る車の中で、輝彦は久しぶりにゆっくり父と話している気がした。 「何となく、て言うかな・・・まあ、電車で行ける範囲と仮定して、昨日敦賀だったろ」 「うん」 「で、今朝芦原温泉言ってたら、富山とか行くにしても昼頃まだ金沢ぐらいちゃうかな、と思ってな。しかしまあ、新幹線乗るほど金も持っとらんやろし」 「あ」急に何かを思い出す輝彦。 「何?」 「今月の小遣い」 「あとでな」苦笑いする雅彦。 「ていうかよ・・・」急に雅彦の声のトーンがフラットになる。 「なに」 「おめぇさ、エスケープする気持ちもわからんでもないけどさ、何で先に一言言わんの?」 「言ったら、ダメて言うだろ」 「まあ、母さんは言うだろうなぁ」ウインカーを出して左折する車。 「でもよ、オレも母さんも、息子としてのおまえの姿、見納めになるんやで」 「うん・・・」  回転ずしを思い出す輝彦。母は、彼が皿を重ねるのを口では「ほんまどんだけ食べんねん」などと言いながらも、特に止めたことはなかったし、それを楽しんですらいた。中学までは父も、よく部活の試合を見に来たりもしていた。  その息子が、急にいなくなるということは、子供側の輝彦にとっては想像できることではなかったが、多分父なり、母なりの苦悩や寂しさがあるのではないかということは想像できた。 「あのさ」 「なんだ?」 「オレ、そんなに変わった?」聞く輝彦。 「まあなぁ、カバンがなかったらぱっと見わからんわ」前を見たまま雅彦が答える。その横顔が、少し苦笑いしているように見えた。  やがて車は、住宅街に入った。そこは、新しい住宅と、歴史を感じさせるような感じの古い住宅が同居する、少し独特な感じのする住宅地だった。 「この辺みたいなんだけど」 ”目的地周辺です、音声案内を終了します”とカーナビの声が告げる。人通りは少ない。 「ていうかさ、その子、学校なんじゃないの?」 「それはそれで」父の言葉を聞き流し、周りの家を見回す輝彦。とはいえ、学校があるのならまだ微妙に時間が早い。 「試験中とか、ないのかな」  敦賀で出会った水仙は、試験などと一言も言っていなかったが、輝彦の学校は期末試験中のはずだ。が、ここまで来た以上、そんなことは言っていられない。  やがて、輝彦の目がそこの番地の表記に止まった。 「あった」  道路から少し凹んだ形で建っているその家は、昭和のころの建物だろうか、少し古くくすんだ感じの壁と、ガラス張りの風除室の内側に引き戸の玄関があった。その風除室の入り口と思しき所に、番地を表記した札が張ってあり、その数字は美織から送られた住所に間違いなかった。 「オレはどっかで待機しとくから、終わったら教えて」  助手席で動かない輝彦に、雅彦が促す。輝彦はゆっくりうなずくと、ドアを開けて車を降りた。その後ろで、雅彦が静かに車を出す。深呼吸をして、輝彦はゆっくりとその家に近づくと、風除室の中を覗き込んだ。 ”岸川”  風除室の中の表札にはそう書かれている。そして、やはりインターホンも風除室の中にあった。 (来たんだ)輝彦は、もう一度深呼吸をすると、風除室の扉に手を掛けた。そのドアが滑るように開く。  心臓の鼓動が大きくなるのを輝彦は感じた。インターホンのボタンに、恐る恐る指を伸ばし、引っ込める。それを何回か繰り返した後、輝彦はえい、と勢いをつけてインターホンを押した。 ”ピンポーン!”  しばらくの静寂の後・・・ ”はい”応答があった。おそらく美織の母に違いなかった。輝彦はさらにもう一回深呼吸をして、インターホンに向かって言った。 「あの、神戸で美織さんと中学一緒だった、天見ですけど、美織さん、いてますか?」 ”え!”  驚いたような声が返ってくる。インターホンは繋がったままのようだが、何かわさわさと動いている音がした後、引き戸の向こうに人影が現れ、カチャ、と鍵を開ける。そして、扉が開いた。  そこには、驚きを隠さない顔の美織の母がいた。 「あなた、天見君?天見、輝彦くん?」  信じられないと言った面持ちで言う美織の母。 「はい、ああ、実はボク、病気で・・・」そう言いかけて、輝彦はそれに気づいた。  美織の母の目から、涙が流れている。 「あの」  美織の母は涙を流したまま下を向き、何度か首を振ると、言った。 「上がってくださいな。あの子に、会ってやって」
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