3人が本棚に入れています
本棚に追加
「とりあえずさ」話す輝彦。
「ん?」
太陽が眩しい。週末とはいえ、暑さのせいか兼六園はそれほどの人出ではなかった。
「名前、変えてもいい?」
「どう変えるん?」聞き返す珠江。
「まだ決めてないけど・・・輝彦、が嫌いとかじゃないんやけどさ」
「好きなのにしろよ」雅彦が言う。
「オレのセンスよりええんとちゃうか」
「なんでよ、いいのないか聞こうと思ったのに」
「こーれ、名前変える言ってるそばからそんな言い方して」
笑う珠江。水色のワンピースを着た輝彦は、溢れんばかりの若さを輝かせる少女になっていた。
それはおぼろげな記憶なのか、それとも輝彦がそう思うだけなのかわからなかったが、眠っている間、夢の中で輝彦は美織に会った気がした。そして美織は輝彦にこう言ったように思った。
(わたしの分も生きて・・・)
そして今輝彦は、彼女のワンピースを着ている。彼女が輝彦に会うときに着ようと思っていたワンピースだ。それは着慣れないとはいえ、見た限りでは思いのほか輝彦が着ていても違和感どころか、しっくりと行っている気がしていた。
「ここだ」不意に立ち止まる輝彦。そこは、おそらく美織が送ってくれた写真の場所だった。池のほとりに、二本足の灯籠が立っている。
「来たよ」ぼそり、とつぶやく輝彦。着慣れないワンピースの感触は、美織が彼を案内してくれているように感じられた。
「さて、神戸帰ろか」
「最後に、寄りたいところあるんやけど」
「ん、ああ、わかった」
「わかったって、どこ?」
家族三人の会話。昨日一緒にすごした雅彦は、輝彦の行きたいところは理解していた。途中、花屋に寄る。輝彦が記憶にある限り、花屋に行ったのは小学校の頃母の日のカーネーションを買いに行って以来だ。そこで自身で花を選ぶ。
「それでいいのか?」雅彦にうなずく輝彦。
車は市街地を走り、そこに止まった。さっきまで晴れていた空に、雲が広がっている。
そこには、他にもたくさんの花が添えられている。二週間ほど前、美織が事故に遭った場所だった。そこに自分で選んだ花を添え、輝彦は手を合わせた。
不意にぽつん、ぽつん、と身体に水が当たる。
「金沢じゃ、弁当忘れても傘忘れるな、て言うらしいで」
輝彦の肩に手を置き、そう言う雅彦。まるで花を潤すように雨は降り始めた。
雅彦に促され車に乗る輝彦。神戸ナンバーのSUV車は、西へ向かって走り去っていった。
※このお話はフィクションであり、登場人物その他は実在のものとは関係ありません。
最初のコメントを投稿しよう!