はじまり

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はじまり

培養槽がなかから破壊され、それが這い出てきた。そしてそのはじまりは死だった…。 真琴の首はねじ切られ、床に胴体が転がっていた。短いスカートから長い両足が、なぜか気味悪く伸びていた。教授は最初逃げ回っていたが、その生物の動きは素早く、すぐにつかまり食われた。人間と同じだ。他の生物から栄養を摂るんだ。まったく人間と同じなのだ。ただそれが、人じゃないということが違うところだな。 「ヴヴヴ」 声だか音だかを発した目の前にいるそいつはおよそ2メートル。目も口も見当たらない。教授を食ったのは全身でだ。こいつの全身はすべて筋肉で、そうしてあらゆるところが口で目なのだ。やがてそれは床に転がっている真琴を食いだした。捕食の音だけが狭いラボに鳴り響いていた。 食事が済むとそいつは増殖をはじめた。こいつは生物学的に非常に効率よく細胞分裂できる。生殖というまどろっこしい生物的増殖方法を用いず、単純にエネルギーを増殖に向けられるのだ。 「ヴヴヴ」 そいつはそう俺に向かって鳴いた。もう傍らには2体のそいつがいる。 「俺も食うのか?」 「ヴヴ」 そう言って3体のそれらはラボを出ていった。残された俺はただ全身をふるえさせ、座り込んでいた。 それから大学構内で起きたことは想像通りだった。警察も来たみたいだったが、大学じゅうの学生や職員を食いまくったそいつらは、もう鎮圧するには増え過ぎていた。いや、さらに増え続けていた。すぐに自衛隊が来るだろう。そうすればもはや戦争だ。自衛隊の武器であいつらが殺せるだろうか?答えは否、だ。もはや地球のどこの国の軍隊でもあいつを殺せないだろう。たとえそれが核兵器でも…。 あいつらの表皮はそんなに硬くない。強い刺激があればすぐに飛び散るほどだ。だがそうした場合、その飛び散った細胞はどうなるか。ああ考えたくない。 三日三晩、俺はラボで震えていた。四日目の朝、俺は外に出た。静かになったのと、腹が減ったからだ。大学構内は大半が崩れ落ちていた。ラボが多少頑丈にできていたおかげで俺は助かったのだ。それに、あいつらは俺を食おうとしなかった。きっと俺を俺だと認識したんだと思った。俺がプログラムした、つまり親だと。 目の前を小さな筋肉の塊が走っていく。まるで子供だ。きっとあいつらから分裂したんだろう。餌を探しているのかな? 「気をつけろよ、パズル」 俺はその超生物に、そう名前をつけた。俺が発見し、その成長に俺が手を貸してやったんだ。そのくらいの権利はある。俺はこれから自分のアパートに戻って論文を書くんだ。まあそれを見るやつなんて、もうすぐこの世界からいなくなるんだけどな…。 西の空が、燃えていた。  ―― おわり
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