神域

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神域

およそ生物の組成は遺伝子による情報伝達から成り立っている。つまりそいつが何者か、それを決定するのが遺伝子だ。 「和也さん、さっきから『メドック』が指示待ちなんだけど」 「ああ、お待たせしちゃってる。これも冴子のせいだ」 「AIをお待たせするなんて不遜そのものよね。まったく、スパコンから見たらあんたの脳みそって線虫レベルなのわかってるのかしら?」 大学のスーパーコンピュータには医療用AIが実装されている。そいつの名前が『メドック』だ。じつは医療・医用情報工学の分野ではAIの導入は比較的早く、画像診断がその先駆けで、そしてそれはさらに多岐にわたり日々進化し続けている。遺伝子のプログラムなんてこいつなしでは考えられない。ちなみに線虫の脳とは神経細胞であって、体全体の細胞数が約1,030個のうち、それはたった302個だ。 「その線虫は『エレガンス』って名だぜ?まさに俺にピッタリだ」 「名ばかりで培養大腸菌餌にしている食性はまさにあなたね」 「クールだぜ、真琴くん」 俺みたいなポスドクは金がない。食生活なんか悲惨だもんな。真琴がたまにくれる、こいつの実家で余ったそうめんや缶詰やハムで食いつないでいるのは公然の秘密だ。だからこいつには頭が上がらない。 「ねえ、とっくに神経系と消化器系の遺伝プログラムは済んでるし、あとは生物学的特徴のデータをシーケンスするだけなんですけど」 「そいつをいまから始めるんだ」 「だれにでも特技ってあるのよねえ…。まったくそれだけは人間離れしてるわ」 「どうも」 俺の特技、と真琴は言ったが、それはちょっと違う。それは俺のある能力のことで、それはパズルを解く才能がおびただしく常人レベルを超えてるってことだ。それがどうしたって思うかもしれないけど、それはとんでもないことなんだ。 もの心ついたときから俺はパズルを解くのに夢中だった。世界はパズルでできている、と俺はガキのころそう思った。そしてそれはいま、本当なんだと実感している。すべてのパズルを解けるってことは、この世のすべての暗号を解けるってことだ。そいつはどんな複雑なコードでもね。だから例えば銀行の口座に信じられないほどの金を入金させることもできる。まあそれやっちゃったら俺はおしまいだけどね。 だがこの分野では話は別だ。遺伝子なんてもうほとんどがパズルだ。複雑に絡まった情報でも手に取るように解析できる。まあそんなのはAIができちゃうが、俺はさらにその上の力がある。 パズルを解けるってことは、パズルを作れるってことだ。俺は生物のパズルを解き、そして新たにそのパズルを構築する、それができるのだ。それはもう神の御業にして神の領域…。 そう、それこそが『神域』なのさ。
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