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本の虫である親父の蔵書はちょっとしたものだ。
親父の書斎に置かれた本棚にしまわれた本は、推理に伝奇、フィクションにノンフィクション、エッセイにビジネス、実用本から趣味の本まで、幅広くジャンルを網羅している。
何の知識が欲しくてそれらの本を集めているのかさっぱり分からない。
それくらい、法則性が見当たらないのだ。
だが、読んでみるとそれなりに面白い本が多いので、こうして俺はよく本を借りに行く。
今日も今日とて、何か面白い本でも無いかと親父の書斎に入って本棚を漁っていると、隅の方に刺さっているA四版のスクラップブックが目に入った。
それを手にしたのは、本当にたまたまだった。
開いてみると、そこにはアイドル雑誌の切り抜きがたくさん貼ってあった。
カラー写真に白黒写真。だが、全てたった一人の少女を撮ったものだ。
アイドル雑誌から切り抜いたのか、ヒラヒラの可愛らしいミニスカートや水着を着ていたりと、よくこの少女の情報だけこんなに集めたなと感心するレベルだ。
だが確かに可愛い。
親父が執心するのも分かる可愛さだ。
――『焔莉々子』……凄ぇ名前だ。聞いたことない名前だけど地下アイドルかな。ん? 何だこれ。
そこには親父宛ての、可愛らしい文字で書かれた手紙が何通か入っていた。
裏をめくってみると、さっきのアイドルの名前が入っている。
――おいおい、何だよこれ。アイドルと手紙のやりとりか? 堅物の親父がらしくないじゃんかよ。面白い物、発見しちゃったな。
俺はちょっとだけ悪いと思いながらも、ニヤニヤしながら中身を見た。
だが、そこにはアイドルとファンのやりとりに留まらない、驚きの内容が書いてあった……。
「ん? 智明、電気も点けないでどうした。父さんの本、読んでたのか? 目、悪くなるぞ?」
会社から帰って来た親父は書斎の電気を点けるなり言った。
「智明? 真剣な顔してどうした。学校で何か嫌なことでもあったのか? 父さんで良ければ話を聞くぞ?」
ネクタイを緩めながら親父が俺の顔を覗き込む。
「親父……。焔莉々子って誰だよ」
「リ? 智明、それ……見たのか?」
「見たよ! 凄ぇ赤裸々な内容が書いてあったぞ! この聞いたことない地下アイドルの子を親父が口説いて、事務所に隠れて付き合って、終いには『出来ちゃったみたい』だと? おいおいおい、見損なったぜ、親父! こんなことお袋に知られたら家庭崩壊だろうが!」
俺は一緒に入っていたエコー写真を親父に叩きつけた。
そこにはしっかり、赤ちゃんの影が映っている。
「いや、違うんだ。確かに莉々子ちゃんとの間に子供は生まれたが、それは……」
「生まれた? いつ! 弟なのか? 妹なのか? いやいやいや、どっちにしたって不倫は駄目だろうが! 隠し子だと? いい歳してやって良い事と悪い事の区別もつかないのかよ!」
俺は親父の首を絞めながらブンブンその身体を揺すった。
親父の眼鏡が吹っ飛ぶが、それどころではない。
「ち、違うって。それは十五年も前の話であって……」
「何だと? 俺と同い年なのか? そんなに長いこと不倫してきたのかよ!」
「不倫? いやいや違う! わたしは本気で愛して……」
「本気だぁ? 浮気じゃなくって本気なのかよ! そうやって本宅と別宅を行き来して来たってことか! こんな害の無さそうな見た目の親父が、ずっと俺とお袋を裏切っていたとは……あぁ、何てこった」
「ちょっと、うるさいわよ? 何? 喧嘩?」
と、俺が親父を詰問しているところにお袋が入って来た。
――ヤバい、ヤバい。大声を出しすぎた。離婚してどっちかに引き取られるなんて嫌だぞ? 俺は!
俺は改めてお袋を見た。
お袋は愛想は良いが、見事に太っている。俺が物心ついた時には既に太っていた気がする。痩せた姿が全く想像できない。多分、三桁に届いている。この莉々子って瘦せ細った子と正反対だ。
――そうか。だから親父は無い物ねだりしたのか。確かに見た目はお袋の完敗だが、目方はお袋の完勝なんだからな! 人は見た目じゃなくて中身なんだ、多分! ちくしょう!
ところが、お袋の反応は意外なものだった。
「あらやだ。ずいぶん懐かしいもの見てるのね、二人とも」
「うん。だけど、智明が何か誤解してるっぽいんだよ。どうしたものかね、母さん……いや、莉々子ちゃん」
「……は?」
「ん? 智くん、何か誤解してるの? ママ、何かやっちゃった?」
――え? つまりこの焔莉々子ってのはお袋で、ってことは、その時できた子供が俺?
お袋が懐かしそうにスクラップブックをめくる。
「ママ、みんなのアイドルで居たかったんだけど、パパがあんまり熱心に口説くものだからつい……ね。あ、でも今は幸せよ? どっちみち潮時だったし。だから智くんが生まれてアイドルを引退したのは後悔してないわ。大丈夫。計算は多少狂ったけど、智クンは望まれて生まれてきたのよ? 安心して!」
お袋は放心する俺の手を取りながら力説した。
おたふくのような顔で、お袋が小首を傾げる。
――面影が全く無ぇ!! そうか。たった十五年でお袋は体重が倍に増えたんだな。グラム二百円として、わぉ、お得! って、嘘だろぉぉぉぉぉぉぉ! ちょっとだけだけど、ときめいたのにぃぃぃぃ!!
そんな息子の混乱を他所に、お袋は親父との思い出話に花を咲かせ、笑う度にそのお腹のお肉をぶるんぶるん豪快に揺らすのであった。
END
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