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木々が林立して作り上げる静けさの中、2人は同じ目的を共有して、じっと耳を澄ませる。
それは手を握ることと同様に、2人の心を近付けた。
セミの鳴き声が、静寂を破る。
ジリジリジリ……。
清治は父と目配せし、こっくりとうなずくと汗のにじむ手に捕虫網を握り直して、音を立てないようそっとセミのいる木に近付く。
「あそこだ」
ほとんど木と同化して見えるセミの姿を確認して、父が囁きながら指さす。
目標を確認したら、敏感なセミに勘付かれる前に、一気に捕獲する。
「うわあ!」
清治が失敗して、叫び声をあげた。それはセミを取り逃がしたことと、液体をかけられたことによる叫びだった。
「惜しかったな」
父が笑みを浮かべて、慰めの言葉を口にした。
「何でセミの奴、逃げる時におしっこをかけるんだろう」
液体の大半は帽子についた。清治は忌々しそうに帽子を脱いで、丸めてズボンのポケットに押し込んだ。
「セミは木に止まって、木の汁を吸っているんだよ。樹液はほとんど水分だから、体を軽くするために排出するんだ。だから無害だし、臭くもない」
樹液と聞くとまだいいが、それが昆虫から排出されたとなると、どうしても汚いと感じてしまう。
清治が消沈していると、近くの木からまたセミの鳴き声が聞こえた。
ミーン、ミンミンミン
おなじみのミンミンゼミだ!
清治は一気に立ち直って、補虫網を構え捕獲体勢になった。
緑がかった胴体に透明の翅、間違いない、ミンミンゼミだ。
最もなじみがあるという親近感からか、今度はタイミングを外すことなく、見事にセミを捕獲した。
「やったー!」
セミを虫かごに収めると、清治は勝ち誇ったように顔を輝かせた。
そんな息子の様子を父は、失敗も成功もすべて許容する寛大な笑みを浮かべて見守った。
けれども毎年続いた父とのセミ捕り、必ず巡ってくる夏は、父の死とともに終止符を打った。
また来年やってくるという仮の終わりではなく、夏は永久に終わった。
清治と父とセミで花火のように盛り上がった夏は、もうやってこない。
夏は、精神と肉体を蝕む高熱の塊でしかなくなった。
「夏」には大きな穴があいて、修復不能。元通りに膨らませることはできなかった。
母はパートからフルタイムに切り替えて仕事をするようになり、朝は小学生の清治と妹より早く出勤する。そのため、4つ下の妹の世話を清治がすることになった。
毎朝7時半過ぎに妹を学校に送り出すのだが、自分はまだ用事があるから後から行くと言って、結局登校しないという日が増えた。
6年生になってからは、この1学期欠席の方が多かった。
学校が嫌なわけではないし、友人にも会いたい。母を心配させたくないし、妹もどんどん成長して自分のことは自分でするようになるだろう。
立ち直ろうとする彼の足元を、何かがすくった。
引きこもってふさいでいるのは、父の死が原因なのだろうか。
天国で見守っている父のためにも、前へ進まなくては。
そう自分に言い聞かせてみても、夏の終わりは父の死と二重写しになって、彼の心に重くのしかかってくるのだった。
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