『口裂け女と俺の愛犬』及びそれに対する感想。

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『口裂け女と俺の愛犬』及びそれに対する感想。

『その日の夕方、俺はいつものように犬の散歩へ行った。はしゃぐ愛犬のポチが駆けずり回る。しっかりとリードを握り、人に迷惑が掛からないよう注意した。時折車が俺達を追い抜く。夕焼けが街を橙色に照らしていた。 ふと人が目に入る。マスクを着けた女の人が立っていた。夏で暑いのに白いコートを着ている。すみません、と声を掛けられる。 「私、綺麗でしょうか」  ぞっとする。これはあれだ、小学生の時に散々聞いた階段だ。口裂け女への対処法は、ええと、どうしたらいいんだっけ。そうだ、確か。 「ワックス!」  対処法を思い出し咄嗟に叫ぶ。しかし口裂け女は逃げない。 「ワックス! ワックス! ワぁーックス!!」 何度も叫ぶ。微動だにしない。ワックスそのものを投げ付けないと駄目なのか。その時、ポチが唸り声を上げた。口裂け女がぎょっとして立ち竦む。 「ワンワン! ワン!」  ポチが飛び掛かろうとすると口裂け女は逃げて行った。 「ありがとうポチ。お前のおかげで助かったよ。そうだ、おやつを買ってあげよう」  そして俺達は仲良く夕暮れの街を歩いて行くのであった。』  画面から顔を上げる。多分、俺の目は死んでいる。 「どうだ、一晩で書いたんだぞ。凄いだろ。いいねも十個ついたんだ」  自信満々の言葉に胸が痛くなる。 「一作目か。業者が付けたんだろ」 「妬くな妬くな。十個のいいねが俺の文才の裏付けなのさ。いやあ、斉藤先生も素晴らしい発見をしてくれたなぁ。自分でも気付かなかった才能だ」  まるで聞く耳を持たない。確かに、一応は小説の体を成している。だけどこのまま放っておいたら本当に進路を変更しそうだ。それどころか大学へ行かず作家を目指すと言い出しかねない。気は進まないが止めてやるのが親友だ。心を鬼にして俺は口を開いた。 「あのさぁ。悪いが言わせてもらうけど、ツッコミどころが多すぎる」 「どういうことだよ。いいねが十個付いた『口裂け女と俺の愛犬』に文句があるのか」  綿貫が唇を尖らせる。容赦なく現実を教えてやる、と決意を固めた。 「まずそのタイトルがダサい。B級映画か。犬の名前もポチって安直過ぎるし」 「わかりやすくていいだろ」 「独創性が無いんだよ。次に誤字がある。散々聞いた階段って何だ。怪しいに談笑の談で怪談だろ。階段は聞くものじゃなくて上るものですぅ」 「嫌味ったらしいなぁ」 「あと口裂け女への対処法はワックスじゃない。ポマードだ。ワックスって叫んだところで逃げないのは当たり前だな」  段々綿貫の元気が無くなる。仕方ないのだ。地に足を付けさせるには全力で叩き落す必要があるのだから。 「そもそも、この女の人は本当に口裂け女なのか? まだマスクを外していないし、ただ容姿に自信が無い一般人ともとれる」 「そんな細かいところまで指摘する? 口裂け女って設定にしてあるんだから口裂け女で間違いないんだよ」 「設定を理解しているのはお前だけ。こんな風に変な解釈をされるような隙を見せちゃ駄目だ。何で犬にビビッて逃げたのかもわからないし、はっきり言って滅茶苦茶だ」  最後の一言を聞くや、何だよ、と顔を真っ赤にした。 「さっきから冷や水をぶっかけるようなことばっかり言いやがって。お前の根性が曲がっているんだっ。人が折角書いた作品に文句ばっかりつけんな、バカっ。いいねが十個も付いたこの作品の良さが、お前にはわからないんだよっ」  綿貫は腕を組んで胡坐をかいた。そっぽを向いている。出て行かないだけ可愛げがある。しばらくお互い黙り込んだ。頃合いを見て、あのさ、と声を掛ける。 「お前が小説家を目指すのは自由だよ。でも俺みたいな素人にこれだけ指摘されるようじゃまだまだダメだ。文才があるかは知らない。ただ、一度褒められただけで舞い上がり過ぎだ。ましてや進路変更なんて簡単に言い出すな。理学部に進んでも文芸サークルとかに入って書き続ければいいじゃん。本当に才能があるのなら、わざわざ文学部や芸術学部に行かなくても花開くよ。ごめんな、いっぱい駄目出しして。これくらい言わないとお前は落ち着かないと思ったんだ。ごんぎつねの考察は、斉藤先生の言う通り目の付け所が人とは違った。それは間違いない。自信を持て。丁度良いくらいの大きさの自信をな」  親友の肩を抱く。鼻息も荒く拗ねていたが、なぁ、と二、三度揺さ振るとわかったよと溜息を吐いた。 「確かに田中の言う通り、理学部に進んでも物は書けるか」 「そうだよ。わざわざ進路を変更する必要なんて無い。なんならサークルに入らなくてもそのサイトに投稿すればいいじゃん。お前の書いた作品が、いつか映画化されるかも」  俺の言葉に、その通りだ、と目を輝かせる。単純な奴。 「大学のサークルなんかで燻ってないで、サイトに投稿しまくった方がいいな。そうだよ、そっちの方が絶対いいに決まっている」  サークルに入れば友達ができるかも、とか意見交換の場を設けられる、なんて発想は無いらしい。一人で書き続けるのがどれだけ大変なのか、綿貫は気付いていないようだ。まあ別の方向に燃え上がってしまったが、取り敢えず進路変更はやめてくれた。別にどこの学部へ進もうと綿貫の自由ではあるが、流石に今から理系をやめて文系を目指すのは現実的じゃない。折角A判定を貰っているのだし、勿体無い。 「そうだ、俺のマイページを教えるから新作ができたら読んでくれよ」 「受験勉強で忙しいって言っただろ。むしろお前も勉強しろ」 「それこそさっき言っただろ、息抜きも大事だって。読んで感想をくれるだけでいいから。あ、でも辛辣なのはやめろ。ムカつく」 「素直か。嫌なら隙を見せるようなものを書くな」  その時部屋の扉が開いた。こいつはノックすらしないのか。よう、と橋本が顔を見せる。
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