鎮火した先から点火をするな。

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鎮火した先から点火をするな。

「ノックくらいしろ」 「お前らの喋り声が聞こえたら、気まずい場面には遭遇しないと思って」 「やかましい」 「ところでファミレスへ飯食いに行かない? 三千円をゲットしたから奢ってやるよ」  財布をちらつかせる。橋本の驕りとは珍しい。ましてや三千円なんて大金、どこで手に入れた。 「臨時の小遣いでも貰ったのか」 「いや、賞金だよ」  首を捻る。話が見えて来ない。お尋ね者でも捕まえた? まさかね。 「何の賞金?」  綿貫が訊く。橋本は腰を下ろすとスマホを取り出した。これ、と画面を指し示す。 『柱野市主催 第六回夏休み読書感想文コンクール』 「これの高校生部門に応募したら優秀賞を取れてさぁ。三千円をゲット出来た」  血の気が引く。よりによってこのタイミングかよ。 「ヒロインが死んじゃう話を読んで、物語とは言え人が死ぬのは何故こんなにも辛いのかって書いたんだ。物語だろうと現実だろうとそこでは間違いなく人が生きている。だから死んでしまうとこんなにも辛い。そんな内容を熱く書き出した。原稿用紙三枚分で三千円を貰えたんだぞ。いやぁ、割のいいコンテストを見付けたわ」  恐る恐る綿貫を見る。良かったな、と奴は低い声で呟いた。 「まあな。さ、早くファミレスへ行こうぜ」 「行かない」  きっぱりと綿貫が断った。橋本が首を傾げる。 「何で」 「悔しいから」 「悔しい?」 「負けた気がして、悔しいから」  まあまあ、と綿貫の両肩に手を置く。その時、気付いた。悔しさのあまり震えていやがる。 「落ち着け綿貫。お前も応募していたら、優秀賞を取れたかも知れない。たまたま橋本が受賞しただけで、勝ち負けどころか土俵にすら立っていない。気にするな」  すると今度は橋本がちょっと待て、と俺を指差した。 「綿貫が応募したら、俺じゃなくて綿貫が受賞したって田中は言うのか?」 「いや、もしかしたらの話であって、橋本より綿貫の方が上なんて言ってないよ。お前が受賞したのは事実だし、素直に凄いと思っている」 「でも俺はいいねが十個付いたもん」 「いいね?」  綿貫がスマホを開く。今度は橋本に画面を見せた。 「この小説投稿サイトに俺が載せた『口裂け女と俺の愛犬』にいいねが十個付いたんだ。斉藤先生は読書感想文を褒めてくれたし、俺には間違いなく文才があるっ」 「でも三千円は貰ってないじゃん」 「応募して無いからなっ。俺が出したらぶっちぎりで最優秀読書感想文に選ばれるわっ」  ごんぎつねの考察を思い出す。トンデモ部門があれば貰えるかもな。 「むしろ橋本もこのサイトに登録しろよ。自由に投稿出来るから、好きなものを書いてみろ。どっちの方がいいねが付くか、勝負しよう」 「やってやろうじゃん。俺なんか二十個はいいねが付くわ」 「口では何とでも言える。ほら、今すぐ登録しろ。見ててやるから」 「上等だ。吠え面かくなよ」  橋本がスマホをいじる。吠え面かくなって久し振りに聞いたな。五分ほどで登録は終わった。ほら、と橋本は綿貫に画面を見せる。俺も脇から覗き込んだ。登録名はブリッジ・ブック。安直だ。綿貫はすぐに検索して橋本をフォローする。 「綿貫は何て登録名だ」 「ふわふわ」 綿貫だからね。綿だからね。どいつもこいつも、まったく。 「よし、フォローした。これか、『口裂け女と俺の愛犬』。確かにいいねが十個ついている」 「読んでみろ。田中にはぼろくそ言われたが、文才のある橋本ならきっとその作品の良さをわかってくれる」 「いいだろう。じゃあやっぱりファミレスへ行こう。ジュースを飲みながら文学談義をしたい」 「受けて立つ。行こうぜ。ほら、田中も早く」  二人揃って部屋を出て行く。理学部志望の綿貫と情報学科志望の橋本。二人揃って理系なのになんでまた文学談義なんぞになるのか。一方で、俺は内心胸を撫で下ろしていた。  その小説投稿サイト、俺も使っている。
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