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文才。
アプリはダウンロードしてあるし、作品は既に十作投稿していた。去年、たまたまこのサイトをネットの広告で見かけた。映画化だの今日から君も作家の一人だ、だの甘い謳い文句を読んで、十代でプロ作家にデビューしたら滅茶苦茶格好いい、とキラッキラな夢を抱いた。すぐに登録して、一か月かけて二千字の小説を書いた。これがハネたら俺もプロ作家か、とウキウキしていると一晩で十一個のいいねがついた。そこから増えることは無かったが、ファンが付いてくれたら有名になれる、と二作目、三作目を投稿した。それぞれ三人が読んでくれた。二作目には二つ、三作目には一つ、いいねが付いた。正直、物足りない。だけど一作目にはいいねが十一個付いたから、きっとその内人気が爆発する、俺には才能があるのだ、と信じていた。めげずに投稿を続けた。だが現実は非情だった。その後、閲覧はされども一つたりともいいねが付かなかった。
夏休みの直前に十作目を投稿した。そして、この作品にいいねが付かなかったらしばらく書くのはやめよう、と決めた。心が折れたわけではない。本当は書きたいけれども、受験勉強に集中するため俺は自重するのだ。そう、自分に言い聞かせた。心が折れたわけでは決してない。自尊心を守りたいとか、そんなことは全然、全く、これっぽっちも無い。
二人の後を追い部屋を出る。正直、綿貫が橋本にサイトの登録をしろと言い始めた時はこちらにも飛び火するのではないかと焦った。いいねが付いてはいないか確認するため、ウェブ版もアプリ版も常にログイン状態を保っているのだ。俺がサイトを使っているとすぐにバレてしまう。何で隠したのかといぶかしがられるだろう。それは面倒臭い。
何より、知らない人に読んで貰えるのは嬉しいけれど、見知った相手、ましてや親友に読まれるのはとても恥ずかしい気がした。勝手に二人で盛り上がるのを端から眺めさせて貰うとする。
階段を下りた綿貫がこちらを振り返った。
「そうだ、田中も登録しろよ。お前は文才が無いかも知れないけど、書いてみるのも面白いぞ」
「いや俺、お前よりいいねが付いているし」
「え?」
「ん?」
思わず固まる。しまった、文才が無いと言われて反射的にムキになってしまった。
「お前よりいいねが付いているって、何?」
綿貫がゆっくりと戻ってくる。
「まさか田中、小説を投稿しているの?」
橋本がその後ろに続く。
回れ右をして部屋に走る。二人が追い掛けてきた。鍵の付いていない扉を中から押さえる。しかし二人がかりでこじ開けられた。
「スマホを見せろっ」
「嫌だっ」
「じゃあパソコンを見ちゃおうっと」
「あ、こら橋本。やめろ。二対一は卑怯だぞ」
揉み合っていると一枚の紙切れが机から落ちた。運悪く表の面が顕になる。綿貫が素早く拾った。くそ、目ざとい奴め。
「か、え、せ」
橋本を引き摺り綿貫の元へ進む。しかし部屋の端まで飛び退いた。忍者かお前は。
「えー。私、綿貫は田中君の模試の結果を発見致しました。希望進路と合わせて発表させていただきますっ」
「おいこら、待て。やめろ」
「いけいけー」
「志望先は、某大学の文芸学部。判定結果は」
「いい加減にしろっ」
「何ー?」
「C」
読み上げやがった。橋本を床に投げ捨て綿貫にローキックを見舞う。倒れた二人は同時に俺へ向かい笑いかけた。ほっほお~ぉ、とハモられる。
「文芸学部かぁ~」
「物書きたいんだなぁ~。学力が足りてないけどねぇ~」
「俺、お前らより、文才あるもんっ」
誰にも褒められず、何の賞も取ったことの無い俺は、孤独な絶叫を放った。親友二人は立ち上がると無言で俺の肩を叩き、ファミレスへと連行した。
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